「オーケストラ!」

「オーケストラ!」_c0051620_6251198.jpg 山ノ神と、銀座のシネスイッチでラデュ・ミヘイレアニュ監督の「オーケストラ!」を見てきました。笑、涙、感動、こんなに後味の良い映画を見るのはひさしぶりです。124分が、ほんとうにあっという間に過ぎ去りました。主人公のアンドレイ・フィリポフは、かつてロシアのボリショイ歌劇場管弦楽団の名指揮者でしたが、今はしがない劇場の清掃夫。なぜかって? 三十年ほど前のブレジネフ政権下で行われたユダヤ人弾圧に対し、楽団員たちを守ろうとしたためです。ユダヤ人である名バイオリニストのレアとチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を演奏中、警察が舞台に上がり、彼のタクトをへし折ったことによって、彼の音楽人生は終わりました。彼女もシベリアの強制収容所に送られ、そこで死をとげてしまいます。その彼がたまたま劇場支配人の部屋を掃除しているとき、机上のファックスに、パリのシャトレ座からの出演依頼が届いたのです。と、彼の頭にとんでもないアイデアがひらめきました。そう、オーケストラから追われた音楽仲間を集め、ボリショイの名を騙ってシャトレ座に乗り込み演奏しよう! さっそくチェロ奏者のサーシャの助力を得、当時の支配人であったイワンにはマネージャーとして協力してもらい、仲間探しがはじまります。この二人のキャラクターがいいですねえ。サーシャは、気が優しくてひげもじゃの大男。イワンはひと癖ふた癖あるやり手のマネージャーですが、共産党の勢力回復に人生を賭けているので仕事は中途半端。こけつまろびつも、タクシーや救急車の運転手、蚤の市の業者、ポルノ映画のBGMなどでかつかつの暮らしをしていたユダヤ人やロマ(ジプシー)の仲間たちをどうにかこうにかかき集めることに成功しました。渡航費用も、ソ連崩壊のどさくさで成り上がった方なのでしょうか、下手くそなチェロを弾く新興財閥のおじさんを、「出演させてあげる」と騙して巻き上げることができました。話はとんとん拍子で進み、曲目はもちろんチャイコフスキーのバイオリン協奏曲に決定、しかしアンドレイは若くて美しい新進気鋭のバイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケと共演することに異常なこだわりをみせます。パリに着いた御一行ですが、この偽オーケストラのメンバーが、三癖四癖あるとてつもない方々でした。シャトレ座が派遣した案内人の首根っこをつかまえて「すぐにギャラをよこせ」と威すは、キャビアの行商をするは、地下鉄の車内で演奏をはじめ大騒ぎをするは、もう抱腹絶倒。挙句の果ては、前日のリハーサルに誰ひとりも現れませんでした。苦悩し絶望するアンドレイ… そりゃそうだよね。一方、共演が決まったアンヌ=マリーは、自分はレアの代役にすぎないのかと悩み、演奏をキャンセルしようとしますが、彼女のマネージャーから自分の出生にかかわる秘密を知らされ思い止まります。(詳細は見てのお楽しみ)
 いよいよ演奏会当日。メンバーのみなさん、ちゃんと来るのかなとハラハラしましたが、サーシャが送った「レアのために集まれ」というメールに心動かされたのでしょう、全員間に合い…あれっトランペットがいない。寸前まで行商をしていたようで、こそこそと袖からステージに現れきました。もうお茶目なんだから。そして万感の思いを胸にアンドレイがタクトをふりおろします。…ひでえ… 音程はぐしゃぐしゃ、アンサンブルは滅茶苦茶、音色はがさがさ、思わず耳と目をおおいたくなりました。しかしアンヌ=マリーは意に介さず、悠然と最初のフレーズを奏ではじめます。すると、奇跡が起こりました。まるで彼女の演奏で、忘れていた自分たちの音楽を思い出したように、オーケストラが一体となり、一糸乱れぬアンサンブルで熱く輝かしい演奏をしはじめたのです。もうこのあたりから私の涙腺はゆるみっぱなし、そして怒涛のフィナーレ。

 アンドレイはこのとんでもない計画を実行するにあたって、いろいろな思惑があったことと思います。自分を破滅させた連中を見返してやりたい、レアとの素晴らしい演奏を再現したい、旧友たちともう一度共演したい、指揮者として復活したい、エトセトラエトセトラ… しかし音楽がはじまり、やがて彼と、団員と、アンヌ=マリーの心が一つにとけあい、妙なる調べが響きだすと、そうした雑念は雲散霧消し、ただただ美しい音楽をともにつくりあげる歓喜につつまれていく。言葉で表現するとなんとも陳腐ですが、見事な映像で語ってくれた監督の手腕に頭を垂れたいと思います。ほんっとに音楽っていいものですね。
 また凡百の音楽映画と違うのは、随所にちりばめられたどろくさいギャグです。空港に向かうために手配したバスがなかなか来ない、イワンは無表情に「想定済みだ、だから二時間前に集合をかけた」と呟き、みんなを引き連れ、高速道路の路肩を空港まで7kmとぼとぼ歩いていきます。(笑) 空港に着くと、ロビーで待っていたのはパスポートの偽造屋。ひとりひとりから顔写真を受け取って貼り付けスタンプを押し、それを受け取った団員たちは次々とゲートに入っていきます。(爆笑) 汗臭いけれん味あふれるギャグに腹を抱えて大笑いしました。
 あえて注文すれば、ひと癖ふた癖ある団員についてのエピソードや、彼ら/彼女らの思いについても描いてくれれば言うことなしでした。あと、アンヌ=マリーの舌を巻かせたロマのおじさんのバイオリン演奏をもっと聞きたかったなあ。
これまでもいろいろと音楽を題材とした映画を見てきましたが、文句なく第二位に推しましょう。お薦めです。えっ? 第一位? そりゃあもちろん「ブラス!」です。
by sabasaba13 | 2010-06-14 06:25 | 映画 | Comments(0)
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