「黄色い本」

 「黄色い本 ジャック・チボーという名の友人」(高野文子 講談社)読了。何か面白そうなマンガはないかな、と書店で物色していたら偶然この本に出会いました。手書きのほのぼのとした書体で書かれたタイトルと作者名にまず目がとまり、高野文子か、ご高名はよく耳にしますが読んだことがないなあ、と手を伸ばしました。すると"ジャック・チボーという名の友人"という副題に気づきました。ジャック? チボー? 黄色い本? もしやロジェ・マルタン・デュ・ガールの「チボー家の人々」(全5巻 白水社)のことではないのか。たしか高校生のころ、図書館で黄色い装丁のこの本を見かけ、その不思議な存在感に胸ときめいたことを覚えています。いつか読んでやるぞ、と思いつつお恥ずかしい話ですがいまだに未読。しかしその本をなぜ/どうやってマンガの題材として取り上げたのか、これは興味津々、さっそく購入しました。
 短編「黄色い本」「CLOUDY WEDNESDAY」「マヨネーズ」「二の二の六」を所収、「マヨネーズ」のゆるゆるとした恋物語も捨てがたいのですが、やはり表題作が心に残ります。時代設定はいつでしょう、足付きテレビ、蚊帳、ミシン、編み機などが小道具として登場するので、昭和30年代ごろだと推測します。舞台となる場所は、ある雪深い地方都市です。主人公は田家実地子(たいみちこ)という高校三年生。就職をひかえながらも、学校の図書室から借りた「チボー家の人々」に夢中となり家でも学校でもひたすら読みふけります。バスの車中、寝床、屋根の上、授業中… その一方で家族や友人との日常的な暮らしも描かれていきますが、大きな事件も波乱も起きず、時はゆるやかに淡々と流れていきます。そして卒業を間近にひかえたある日、彼女は図書室に本を返却、「いつでも来てくれたまえ メーゾン・ラフィットへ」というジャックの声とともに物語は終わります。
 なぜこんなに心魅かれるのだろう。たしかに、本の一節を手書きにして物語と連動・共鳴させようとする手法は面白いし、いくらでも深読みができそうなコマ割りや小道具も興味深いし、シンプルな線で主人公の千変万化の表情を活写する作者の力量にも感嘆します。それらを全部まるごとひっくるめて認めた上で、私にとって本書の最大の魅力は、本を読む喜びが心に食い入るように描かれていることです。ただそれだけ。教養のためでも、受験のためでも、金を稼ぐためでも、他人を蹴落とすスキルを身につけるためでもなく、純粋に単純に読書に没入しそれを喜ぶ。あらためてそれに気づかせてくれた作者に感謝したいと思います。

 というわけで、今年は「チボー家の人々」に挑戦する所存です。去年から“読んだことがない有名な長編小説”に挑み、「ドン・キホーテ」「ユリシーズ」「裸者と死者」とこけつまろびつ読破してきましたが、今年は「ファウスト博士」「静かなドン」「チボー家の人々」「ガルガンチュアとパンタグリュエル」そして「失われた時を求めて」だあ!
by sabasaba13 | 2010-06-16 06:26 | | Comments(0)
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