「決定版 一億人の俳句入門」(長谷川櫂 講談社現代新書2029)読了。「邪想庵」などという偉そうな(でもないか)俳号を自称しておきながら、最近ずっと俳句をひねっていません。詩嚢が枯渇した…というよりも、以前に競うようにして共に俳句をつくっていた知人と縁遠くなったから、ということにしておきましょう。まあでも俳句に対する思いは焼棒杭のように燻っています。新書などで俳句に関する本が出るとちょいと手にとるのですが、「俳句の奥深さは君ら素人には分からんだろうが、ま、そこに座ってお聞き」的な内容がほとんどで食指を動かされません。素人の目線に下りて、論理的に俳句の様式や技法についてわかりやすく説明してくれる本はないのかしらんと思い続けていました。たまたま帰りの通勤電車で読む本がなくなって、駅の書店で見かけたのが本書です。決定版? 一億人? えらくセンスのない書名だなあ、と思いつついつものように手にして、はじめのページを読み、おっこれは一味違うなと思いました。俳句の約束にがんじがらめになり、約束を守ることが俳句を詠むことと勘違いしてしまう人がいる、と指摘し、こう述べられています。
そんな悲しい事態に陥ることなく、初心どおり自由自在に俳句を詠むためのただ一つの道は、約束を鵜呑みにせず、約束が生まれた理由を知ることだろう。約束の理由を知っていれば、どんなときに守らなければならないか、逆に、どんなときに破っていいかがわかる。(p.3)おおっこれは一般論として通用しますね、卓見です。この一文で購入を決定、さっそく車内で読み始めました。中心となる論題は、俳句における最も重要な約束である、定型、切れ、季語についての解説です。それらが生まれた理由について分かり易く説明し、それをもとに字余りや字足らず、さまざまな切れ、季重なりや無季俳句といったイレギュラーな俳句についてどう考えればいいのか、芭蕉を中心に実際の句を引用しながら著者の考えを語ってくれます。好感が持てるのは、感覚や雰囲気に逃げず、できうる限り論理的・実証的に考えようとする態度ですね。一つだけ例をあげますと、芭蕉はなぜ臨終に際して「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」という字余りの句を残したのか。以下、引用します。 この上五の「旅に病で」は音数にすれば、たしかに六音。しかし、この句を何度か唱えてみればわかるとおり、この六音の上五を五拍で読んでいるのだ。定型の句であれば五音を五拍で読むが、ここでは六音を五拍で読む。なるほどなるほど、「旅に病み」と五音にしたら、平板な句になってしまいます。他の例として「目には青葉山ほとゝぎすはつ松魚」(素堂)→句に勢いと鮮度をもたらす、「牡丹散て打かさなりぬ二三片」(蕪村)→牡丹の花の落ちる速さを表わす、という説明をされていますが、これも納得。他にも、目から鱗が落ちてコンタクトレンズをはめ視界がクリアになったような、鋭い指摘が満載です。実際の句作にも応用できそうです。ただ一箇所、気になる論及がありました。日本人は昔から蒸し暑い夏を涼しく過ごすために、生活と文化のあらゆる面で工夫を重ねてきた、「日本人」という物言いには一定の留保をつけますが、ま、これはおおむねいいでしょう。その結果、余計なものを捨てて、すっきりしたもの(涼しげなもの)を尊ぶようになり、俳句という極端に短い文芸が生まれたのもそのためだ、と氏は断定されています。(p.93) これはちょっと大風呂敷・勇み足ではないでしょうか。そうかもしれない、と思われないこともありませんが、あまりに根拠と論証が薄弱です。でもまあ興味深い視点なので、これはこれで考究するだけの価値はあるとは思いますが。 しかし大きな瑕疵ではありません。これから俳句を始めようという方、俳句に興味がある方、あるいは小生のように句作に行き詰まっている方、一読すれば必ずや俳句をより深く味わい佳句をつくる一助になることと思います。
by sabasaba13
| 2010-06-30 06:25
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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