「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」

 「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(加藤陽子 朝日出版社)読了。日本や世界の近現代史に関する新刊書を見ると、つい立ち読みをしてしまいます。玉石混交、いや石が大部分かなと寒心しているのですが、本書はまごうことなく玉でした。1930年代の外交と軍事を専門とする歴史学者・加藤陽子氏が、高校生を相手に行なった日本近代史についての講義をまとめたものです。まずその語り口の分かりやすさと柔らかさに感心いたしました。"門外漢に理解できないような「歴史」に、いったい何ほどの意味があるのだろうか"という、「西洋音楽史」(岡田暁生 中公新書1816)にあった珠玉の言葉を思い出します。それでは著者の意図は何か。おそらく若い世代への期待と危機感があるのではないかと思います。前者については、未来を予測し築くために欠かせない、類推し想起し対比する歴史的な事例が、若者の頭や心に豊かに蓄積されファイリングされることへの助力となりたいということ。後者については、しかし若者が歴史、とくに近現代史への興味・関心を失っているのではないかという危惧。どうすればよいのか? 「将来きっと役に立つ」と頭ごなしに折伏するのではなく、若い心の琴線にふれハートをひきつけるような歴史叙述にこだわることが、著者の答えだと思います。具体的には、天皇を含めた当時の内閣や軍の指導者の責任を問うと同時に、自分が当時生きていたとしたら、どうしていたかと想像してみる、この二つの姿勢をもった叙述。
 最新の研究成果を取り入れながら、さまざまな選択の結果として紡ぎだされた日本近代の歴史(よってその選択をした個人・組織は当然責任を問われます)を語るとともに、その状況の中である個人がどういう選択をしたのかについての目配りも忘れない、わかりやすく面白く論理的な語り口には頭を垂れましょう。お見事です。具体的に一つ紹介しましょう。まず満洲への移民が困難であることが分かり応募する人が減ってくると、国や県は、村ぐるみで移民すれば、特別助成金・別途助成金を、村の産業振興のためにあげますよ、という政策を打ちだします。(分村移民) 多くの村がこれに応じ、引揚げの過程で大きな犠牲を出しますが、中には助成金で村人の生命に関わる問題を容易に扱おうとする国や県のやり方を批判し、分村移民に反対した大下条村の佐々木忠綱村長のような賢明な人物もいました。民を弱い立場に置き、そこにつけこんで政策を強要し、己の勤務評定をあげようとする官僚の狡猾さは今と変わらないのだなあという感慨はさておき、一般民衆の個人的な選択で歴史の大状況は変えられないが、死活的な小状況は変えることができるということですね。さて、もしもあなたが/私が当時の状況に置かれたら、どうしたでしょう。佐々木村長のような未来を予測する賢明さを持ち合わせたでしょうか。

 また、目から鱗が落ち見通しがすっとよくなるような鋭い分析、歴史を見る目が変わるような出来事、歴史の豊饒さと奥深さを味わえるエピソードも満載です。例えば、ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は1.2%、ところが日本軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は37.3%にのったという事実。(p.398) 敗戦間近の頃の日本国民の摂取カロリーは、1933年時点の六割に落ちていましたが、ドイツにおいては1945年3月(降伏する二カ月前)のエネルギー消費量が、1933年の一、二割増しであったという事実。(p.399) この国がいかに人命を軽視していたか/いるか、あらためて愕然とします。
 またベトナム戦争において、アメリカを縛った亡霊が「中国喪失(中国の共産化)」の体験であったという指摘。(p.77) 景気のよい資本主義的な進出ができなくなったことで、アメリカ人のなかに非常に大きなトラウマが生まれ、他国の内戦に介入して、自らの望む体制をつくりあげなければならないという教訓が導きだされた。これも鋭い指摘ですね。
 日本が植民地獲得・拡大に奔走した理由として、貿易・布教・社会政策のためというよりは、第一に安全保障上の考慮というものが大きく働いていたという指摘も重要ですね。このような発想で植民地を支配していた日本という国は、たしかに珍しい存在なのかもしれません。(p.193)

 本書の中で、巨大なドストエフスキー的鉄槌を後頭部にくらったような衝撃を受けたエピソードがあります。日中戦争が始まる前の1935年、中国の学者・思想家・外交官である胡適(こてき・フーシー)は、日本による侵略に対抗するにはアメリカやソ連の介入が不可欠だと考えます。しかし両国とも日本と敵対すれば不利益になるとして消極的です。ではどうすればよいか。彼は、中国が日本との戦争を正面から引き受けて、二、三年間、負け続けることだと、蒋介石ら国民政府首脳に進言します。以下、長文ですが引用します。
 中国は絶大な犠牲を決心しなければならない。この絶大な犠牲の限界を考えるにあたり、次の三つを覚悟しなければならない。第一に、中国沿岸の港湾や長江の下流地域がすべて占領される。そのためには、敵国は海軍を大動員しなければならない。第二に、河北、山東、チャハル、綏遠、山西、河南といった諸省は陥落し、占領される。そのためには、敵国は陸軍を大動員しなければならない。第三に、長江が封鎖され、財政が崩壊し、天津、上海も占領される。そのためには日本は欧米と直接に衝突しなければならない。我々はこのような困難な状況下におかれても、一切顧みないで苦戦を堅持していれば、二、三年以内に次の結果は期待できるだろう。[中略] 満州に駐在した日本軍が西方や南方に移動しなければならなくなり、ソ連はつけ込む機会が来たと判断する。世界中の人が中国に同情する。英米および香港、フィリピンが切迫した脅威を感じ、極東における居留民と利益を守ろうと、英米は軍艦を派遣せざるをえなくなる。太平洋の海戦がそれによって迫ってくる。
 …以上のような状況に至ってからはじめて太平洋での世界戦争の実現を促進できる。したがって我々は、三、四年の間は他国参戦なしの単独の苦戦を覚悟しなければならない。日本の武士は切腹を自殺の方法とするが、その実行には介錯人が必要である。今日、日本は全民族切腹の道を歩いている。上記の戦略は「日本切腹、中国介錯」というこの八文字にまとめられよう。(p.325~327)
 凄い… 冷徹な現状認識と分析、未来への精緻な予測、不屈の意志。レアル・ポリティークとはこういうことを言うのでしょう。そしてこれを提言した勇気・胆力、それを許容した(実行した?)政権中枢の度量。近代日本の軍や政府の中枢に欠落していたものですね。

 というわけで、歴史の面白さ・奥深さ・重要さをあらためて教えていただきました。感謝します。ただ一つ気になるのは、講義を受けた高校生のことです。知的好奇心にあふれ、歴史に関するある程度の知識を有する栄光学園の彼ら、加藤氏の語りかける言葉をしっかりと受け止めた彼ら、それは頼もしく立派なのですが、いわゆる普通の高校生はどうなのでしょう。あまりお付き合いがないのですが、アルバイトに明け暮れ、携帯電話と漫画とテレビにはまり、読書などしない高校生が多いのではないかという気がします。(違っていたら御免なさい) もしこの暗い予感が当っているとしたら、著者の言葉は彼ら/彼女らの心と耳と頭に届くでしょうか。ちょっと、いやかなり不安です。普通の高校生の琴線に触れるような歴史叙述、これは歴史学者や教師にとって大きな課題だと思います。丸山真男の言葉です。「教師の最重要課題のひとつは、学業終了後、弟子が独りで学ぶ癖と、独りで学ぶ方法を修得せしめることである。もうひとつは、具体的なことを抽象的に思考する訓練を施すこと、即ち、出来事や事件を抽象思考に置き換える癖をつけさせることである」
by sabasaba13 | 2010-07-01 06:25 | | Comments(0)
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