「私の従軍中国戦線 一兵士が写した戦場の記録」

 「新版 私の従軍中国戦線 〈村瀬守保写真集〉 一兵士が写した戦場の記録」(日本機関紙出版センター)読了。村瀬氏の思いは、「はじめに」で十全な形で述べられています。
 私は一九三七年(昭和十二)の七月に召集され、中国大陸を二年半にわたって転戦し、さまざまな体験をして参りました。
 当時、私は戦争反対の意見をもっておりましたが、その事を他人に洩らすことはできませんでした。
 中国ではカメラ二台を持参して、中隊全員の写真をとっていたので、中隊の非公式の写真班として認められ、約三千枚の写真を写すことができたのです。
 現地でシャッターをおすとき、できるだけ平静な気持ちで、人間らしい態度を失わないよう心がけました。
 今、終戦後四十二年をむかえて、日本軍の残虐があばかれ、世論に問われています。
 この時、戦場の狂気に巻き込まれなかった、一兵卒が見た戦場の一場面を、国民の皆様に見ていただくことも、無駄ではないと思い、写真集を出版することに致しました。
 氏の言われる"人間らしい態度"が、写真を通してひしひしと伝わってきます。思うに、人間にはしてはならないことがあるという信念、国籍や民族で人間を差別しないという心情、そして事実を曲げずに記録するという決意のことではないでしょうか。日本軍が中国戦線で行なった行為を、静かで真摯な怒りと悲しみを込めて記録してくれたことに心から感謝したいと思います。歴史書などでよく見かける写真、例えば南京大虐殺後に長江の河岸に折り重なる多数の死体、あるいは慰安所の前で今か今かと順番を待つ日本軍の兵士たち、村瀬氏が撮られた写真だったのですね。哈爾浜(ハルビン)、山西省、漢口、徐州、南京、上海、盧溝橋と転戦しながら、その行軍の様子、戦闘後の状況、都市や農村の風景、日本軍兵士の日常生活、そして中国民衆とその暮らしを撮影した貴重な写真が多数収められています。中でも、やはり軍靴に踏みにじられた中国民衆の姿が心に突き刺さります。表紙も飾った一枚の写真、絶望のあまりか力なくうなだれる母親、その膝にはぐったりとして横たわる乳児。不安と怒りと悲しみに満ちた表情でカメラをきっと見据える少女、そして中央には無表情に無感情に虚空を見つめる老婆。逃げ遅れた四人家族、解説によると、八十歳になる彼女は日本兵に犯され怪我をしたそうです。「なぜあなた方は私たちをこんな目にあわせるのですか」という問いを、数十年の時を超えてつきつけられるような思いです。その一方で、彼の戦友である日本兵の日常生活を写したスナップでは、屈託のない優しく朗らかな表情を見せています。そのギャップには鳥肌がたちます。おそらく良き父、良き子、良き有人、良き隣人であった人たちがなぜ中国戦線で数々の非人間的な行為をなしたのか。「戦争の世紀を超えて」(森達也・姜尚中 講談社)の中で、森氏は、加害者の生理や心の動きをきちっとおさえて語り継ぐことが重要なのではないのかと指摘されています。何がどうなったら、人はモンスターになってしまうかという記憶が途切れているから、何度でもモンスターが現われてしまう。そして氏は何かの回路が駆動したのではなく、何かの回路の機能が停止して非道な行為におよんだのではないかと分析されていました。それに対して姜氏は、価値がないものは、たとえ人間でも、抹殺してよいという資本主義の淘汰メカニズムが、その回路を機能停止させているのではないかと述べられています。
 もしそうだとしたら、「経済的価値のないもの・人間・生物は必要ない」という、今まさに私たちが直面している事態を考える上でも、普通の市民であった日本兵がなぜこうした行為におよんだのか、その生理や心の動きをきちっとおさえることは必要だと思います。一度、この写真集を手に取り、一枚一枚の写真をじっくりと眺め、思いを馳せてみませんか。何故、この善良そうな兵が、彼女をこんな目にあわせたのか。戦争反対と唱えるのももちろん重要ですが、それと同時に加害者の病理について考えるのも必要だと思います。モンスターにならないためにも。いろいろと考えさせてくれる一冊です、お薦め。
by sabasaba13 | 2010-07-15 06:25 | | Comments(0)
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