「カレチ」

 「カレチ」(池田邦彦 講談社)読了。週刊モーニングに読み切りでときどき掲載される漫画ですが、不肖私その存在に気づきませんでした。「おもしろいぞよ」という山ノ神の託宣により、ためしに読んでみたところこれが面白い。彼女の炯眼に深く頭を垂れます。裏表紙の紹介が簡にして要を得ているので引用します。「昭和40年代後半、大阪車掌区―。乗客のために一生懸命になりすぎる新米カレチ・荻野の奮闘と成長を描く、懐かしさ一杯の読み切りシリーズ!」 補足しますと、カレチとは、客扱専務車掌を示す略号で、特急や急行に乗務して案内や車内改札などお客さんに接する仕事をする方です。「カ」は旅客の「カ」、「レチ」は列車長(明治時代の称号)を縮めたもの。まず絵がいいですね、スクリーントーンを多用せず、質朴で飾らないタッチと描線には心癒されます。そして彼を中心に、車掌、運転士、駅長、荷物扱など、鉄道業務を支えるプロフェッショナルたちの、「お客さんのために尽くす」「鉄道ちゅうのは人を助けるもんや」という一念に支えられた仕事ぶりには心震えます。そして普段われわれの眼にはなかなか入らない鉄道マンたちの具体的な仕事についてもわかるというおまけつき。
 家出をした娘が危篤の母親に会いにかけつけますが、大雪のため列車は遅延。弥彦線の乗り継ぎ列車に待っていてもらうには、乗り換えする客がある程度必要ですが、とても足りません。さあ彼女を乗せるにはどうすればいい? 職を賭けて虚偽に水増しした乗り換え人数を連絡して、待っていてもらうのか、さあどうするカレチ? とまあこんなふうに、助けを求める客、仕事上の責任との軋轢に悩む鉄道マン、豊富な知識に裏打ちされた鉄道業務の描写、そして最後の大団円と、どの短編もいずれ劣らぬ出来具合。利潤と経営効率のために労働者を競い合わせ、その誇りを奪い、無責任さを瀰漫させ、協力関係を分断し、無情な世界を現出させた今だからこそ、心に残る漫画です。読後の何ともいえない爽快感は格別、池田氏には感謝の意を込めて柳宗悦の言葉を贈ります。
涙もろい人情のみがこの世に平和を齎らすのである。

by sabasaba13 | 2010-07-28 06:15 | | Comments(0)
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