「ワーニャ伯父さん/三人姉妹」

 「ワーニャ伯父さん/三人姉妹」(チェーホフ 浦雅春訳 光文社古典新訳文庫)読了。実はチェーホフの小説や戯曲を読んだことがありません。いつかは読んでみたいなと思っていたのですが、跳躍板の数歩前にいた私を後ろから突き飛ばしてくれたのが、村上春樹氏の『1Q84』です。そう、天吾がふかえりに、チェーホフの「サハリン島」を読み聞かせるシーンです。
 チェーホフは小説家であると同時に医者だった。だから彼は一人の科学者として、ロシアという巨大な国家の患部のようなものを、自分の目で検証してみたかったのかもしれない。自分が都会に住む花形作家であるという事実に、チェーホフは居心地の悪さを感じていた。モスクワの文壇の雰囲気にうんざりしていたし、何かというと脚を引っ張り合う、気取った文学仲間にも馴染めなかった。底意地の悪い批評家たちには嫌悪感しか覚えなかった。サハリン旅行はそのような文学的な垢を洗い流すための、一種の巡礼的な行為だったのかもしれない。そしてサハリン島は、多くの意味で彼を圧倒した。だからこそチェーホフは、サハリン旅行を題材にとった文学作品を、ひとつとして書かなかったんじゃないかな。それは簡単に小説の題材にできるような、生半可なことじゃなかった。そしてその患部、言うなれば彼の身体の一部になったんだ。あるいはそれこそが彼のもとめていたものだったのかもしれないけれど (『1Q84』 BOOK1 p.462)
 よろめいた私の背中を、最後にとんと押したのが光文社古典新訳文庫です。本離れが加速し、携帯電話やゲームやインターネットに日々の暮らしを絡め取られていく状況の中で、あえて古典の新訳に挑むというその意気やよし。訳文も読みやすそうなので「ワーニャ伯父さん/三人姉妹」を購入しました。邪道かもしれませんが、巻末の浦雅春氏による解説が秀逸なので、こちらを先に読むといいかもしれません。
 それによると、やはりチェーホフにとってサハリンでの体験は大きな衝撃だったようです。閉ざされた流刑地サハリンにおいて、彼はロシア自体が「閉ざされた」サハリン島にほかならないこと、いや人間の存在そのものが「閉ざされた」ものであることを発見します。その結果、精神病棟に、屋敷に、自分の殻に、狭隘な考えに閉じ込められた人物たちが彼の戯曲にしばしば登場するようになります。『ワーニャ伯父さん』では、無能な教授への仕送りのために人生を棒に振り、自棄になって発砲騒ぎを起こしたワーニャは、やるせない和解のあと、その領地に閉じ込められる生活を余儀なくされます。
 そして、幼い少女が何の罪の意識もなく売春に走り、人間と家畜がひとつ床に雑居するサハリンの言語を絶する現実に、チェーホフは「あらゆるものを意味づける神=中心の喪失」を再確認することになります。そういえば、『1Q84』にも『神よ、何のために我々を創ったのですか』という「サハリン島」からの引用がありました。彼は、それを「人間の条件」として受け入れる眼を獲得しました。その結果、彼の戯曲からは、主人公の視点によって成立する世界がなくなります(「主人公の喪失」)。事物、人間、思想、思念がすべて等距離にながめられる起伏のないのっぺりとした空間。意味づける中心がない世界と、自己に閉じ込められた個人、よってそこには会話は成立しません。よってチェーホフ劇は、累々たる言葉の屍が積み重なる「ディスコミュニケーションの芝居」となります。しかし浦氏曰く、それはコミュニケーションへの渇きにほかならない。言葉にはならないけれど、誰かにわかってもらいたい、きっとわかってくれるはずだ、それはもはやコミュニケーションではなく「祈り」に近い。ただその切なる願いも、チェーホフは醒めた目で突き放してしまいます。『三人姉妹』で、オリガは「ねえマーシャ、ねえイリーナ、私たちの人生はまだ終わりじゃないの。生きていきましょう! もう少し経てば、私たちが生きてきた意味も、苦しんできた意味もきっと分かるはず」と祈りのような言葉を紡ぎますが、それに対して軍医のチェブトゥイキンは小さな声で「どうでもいいさ! どうでもいいさ!」と切り返します(p.308)。

 書評というよりは、秀逸な解説の稚拙な要約になってしまいました。申し訳ありません。これからチェーホフという大海に飛び込み泳いでいく際の浮き袋となる個人的な備忘録と受け取っていただけると幸甚です。コミュニケーションの断絶とそれへの渇望、村上春樹氏がチェーホフに魅かれたのもわかるような気がします。チェーホフの言葉です。
 君は人生とはなんぞやと訊ねてきているが、それは、ニンジンが何かと訊ねるのと同じことだよ。ニンジンはニンジンであって、それ以上のことはわからない。(p.347)

by sabasaba13 | 2010-10-07 06:23 | | Comments(0)
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