南東北錦秋編(14):登米(09.10)

 さてガイドブックによると、この先には1968(昭和43)年まで東北本線瀬峰駅と登米を結んでいた仙北鉄道の登米駅舎が、城交通バス登米案内所として残っているはずです…が…いくら捜しても見つかりません。「遠山之里」に戻って係りの方に訊ねると、宮城交通が経営難のために土地を売ってしまい駅舎は解体されてしまったそうです。そりゃないぜセニョール(筆者注:ケーシー高峰のギャグ)、「東北の明治村」の名が泣くってもんです。企業努力と行政の援助で何とか保存してもらいたかったなあ。ここで雑談。ほんとに彼のギャグだったかなと思いインターネットで調べてみたところ間違いなし、さらに彼の芸名は「ベン・ケーシー」からつけた、さらに山形県最上町出身であることがわかりました。ああそういえば山形弁丸出しの医者コントでした。ついでにいえば伴淳三郎は山形県米沢の出身です。山形弁の朴訥としたぬくもりっていいですね。
 閑話休題(このブログ全体が閑話ですが)。腹がへっては散歩はできぬ、近くにあった「つか勇」という食堂で、登米名物B級グルメ「油麩丼」と「はっと汁」をいただくことにしました。アブラフドン? まるで恐竜の名前みたいですが、れっきとしたご当地B級グルメです。食堂にあった解説によると、小麦粉のたんぱく質成分グルテンを、油で揚げて作ったあげ麩が油麩。それをカツ丼風に卵でとじたのが油麩丼、汁の具としたのがはっと汁です。これがなかなかいけます、味蕾を愛撫する食感が蠱惑的なロハスな食材でした。食後のお茶をいただきながら、地図を見てこれから歩くコースを確認、さあ出発。
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 ガイドブックで仕入れた情報によると、ここ登米では屋根をスレート(玄昌石)で葺いた家が多いそうですが、すぐに数軒見かけました。「建築探偵 東奔西走」(藤森照信 朝日新聞社)によると、屋根に使う天然スレートは宮城県牡鹿半島でしか産出しないとのことです。ちなみにスレートと硯は同じ石。牡鹿半島の硯山は江戸時代には伊達藩御用達で、明治になって御用を解かれてしばらくさびれていましたが、ある日東京からやってきた男が「これは小学校で使う石盤と同じ」と教えてくれて、東京へと出荷するようになったそうです。そのうちにまたある男が「この石盤は西洋館の屋根用のスレートと同じ」と教えてくれて、ついに日本の天然スレートの特産地となったそうな。神戸などでよく見かける洋館のスレート屋根を見かけたら、牡鹿半島から運ばれたと思っていいわけです。なお藤森氏によると、スレートというのはパリでは一番高い屋根材で、ルーブル宮もノートルダム寺院もこれで覆われているそうです。普通の民家の屋根にスレートが使われているのを見て氏は驚かれていましたが、なるほどこれは見ものです。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2010-10-12 06:27 | 東北 | Comments(0)
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