南東北錦秋編(15):登米(09.10)

 そして創業天保4年(1833)、宮城県最古の歴史を誇る味噌・醤油屋である海老喜の角を曲がり、国道342号線(とはいってもあまり広くなく車もほとんど通りませんが)を北に向かって歩いていくと…おお凄い…レトロな建築のパンテオンです。渡辺写真館や清月堂といった戦前のものらしき洋館、なまこ壁の蔵造り店舗、よくぞまあこれほど密集して残されているものだ、呆然と立ち竦んでしまいました。しかも仕舞た屋が多く、修繕もなされないまま朽ち果てている風情に、無常感が胸を締め付けます。切妻造りで妻入りの家々が建ち並ぶのもあまり見かけない光景です。
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 丸窓と洒落た意匠の桟が小粋な後藤理髪店の看板をよく見ると、「髪理衆民」とあります。右から読ませるのでこちらも戦前の物件でしょう。ということは「民衆理髪」…みんしゅうりはつ?! 何だこれは??? うろ覚えなのですが、戦前のある時期(大正デモクラシーの頃?)に「民衆」という語が流行したという指摘を何かの本で読んだ覚えがあります。うーん、これは宿題にしましょう、貴重な物件であるのは間違いないでしょう。ちなみに先日読んだ「街道をゆく8」(司馬遼太郎 朝日文庫)で、紀州の山村に住んでいた方が「サンパツ屋というのは大変な文明機関でした」(p.112)と語っていました。文明を体現する理髪店という視点からの考究も必要かもしれません。
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 そして海老喜まで戻り、次に蔵通り商店街を南へと歩くとパンテオンはさらに続きます。豪壮な土蔵作り商家の「鈴彦」、なまこ壁とスレート葺き屋根の対比が面白い民家。
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 仲睦まじく寄り添う「堂英元堀小」と「ーシクタ田金」は、それぞれ窓の意匠が洒落ています。
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 「店服呉淵岩」の恰幅のよさには脱帽、こちらの窓のデザインも秀逸です。
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 というわけで息も継がせぬ数百メートル、圧巻でした。会津若松の七日町通りに勝るとも劣らないレトロ建築の宝庫です。ただこのまま放置しておいたら間もなくゴースト・タウンと化してしまうでしょう。きちっとメンテナンスをして、特徴や由来を記したガイドブックをつくれば、稀に見る観光資源となるのになあ、惜しいなあ。私もいろいろな街を訪れましたが、これほど古い商家や民家、さらに戦前の洋館や商業ビルが混在・集積しているところはめったにあるものではありません。ほんとに惜しいなあ。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2010-10-13 06:27 | 東北 | Comments(0)
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