南東北錦秋編(22):気仙沼から猊鼻渓へ(09.10)

 途中にあったスーパーマーケットの自動ドアには「ドアに注意 開いたのを確かめてから」という注意書きが貼ってありました。せっかちな方が多いのでしょうか。横断歩道のところには「葦の芽幼児園」という広告がありました。葦の芽? たしか旺盛な生命力の象徴として記紀に出てきたような気が… 今、調べてみると、古事記上巻に「次に国稚く浮きし脂の如くして、水母(くらげ)なす漂える時、葦牙の如く萌え騰がる物に因りて成りませる神の名は、宇磨志阿斬詞備比古遅の神(うましあしかびひこじのかみ)」とあるそうです。子どもたちの健やかな成長を祈っての、なかなか味な命名です。
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 市会議員(?)の看板の前にこれ見よがしに並べられたゴミ袋に強靭な反骨精神を感じたり、「ロシア」と記された木箱を見て国境の町の旅情にひたったりするのは…贔屓の引き倒しですね。
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 そしてホテルに到着、ボリュームたっぷりの朝食をいただき窓から駅前を眺めながら、気仙沼のことについて思いをめぐらせてみました。
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 なぜあれだけ個性豊かな物件を建てたのか、そしてなぜ数多く残されているのか? 前者については、まずいろいろな土地をまわって見かけた最新のもの珍しい建物に対する漁師たちの好奇心によるものでしょうか。そしてそれを可能にする豊かな経済力。後者については…なぜなんでしょうね。漁業の不振によって建て替える余裕がなくなった、個性的な街並みに愛着がわいた、などが理由として思いつきますが正直に言ってよくわかりません。ただ、和洋とりまぜた古い民家・商家・商業ビルがこれだけ残っている街は、きわめて稀有だというのは間違いありません。この街に出会えた僥倖を天に感謝するとともに、まだまだ歩いていてワクワクするような素敵な街が日本のどこかで私を待っていることを確信します。ここで一首。「幾山河越えさりゆかばときめきに充ちたる街ぞけふも旅ゆく」 ごめんなさい盗作です。

 そしてチェックアウトをし、気仙沼駅からドラゴンレール大船渡線8:44発一ノ関行きの普通列車に乗り込みました。なおドラゴンレールとは、山間を通る路線が竜のように蛇行していることから名づけられたそうです。さあ出発進行、しばらくはきれいな渓流に沿って列車は走ります。
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 そして空高い秋晴れのもと、鈍行列車は嬉しそうに山里を縫って走っていきます。もうそろそろ稲刈りが終わる頃、あちこちの田んぼで、はさかけの準備や、刈り取った稲の天日干しに余念がありません。雨が降ったらどうするのだろう、と思っていたら、青いビニールシートをかけてあるはさかけがありました。なるほどこうするのか。
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 時々、丸く積み上げた状態のものを見かけましたが、これは穂を刈り取った後の藁を干しているのでしょうか。牧草を巻いた白い大きなロールがあったので、牧畜もさかんなようです。軒下に大根を干してあるお宅もよく見かけました。千厩(せんまや)という駅には「大夫黒 義経公愛馬顕彰碑」という看板。スーパーニッポニカ(小学館)によると、源義家が安倍氏を討った際に軍馬千余頭を係留したとか、馬産地で千余の厩舎があったことからつけられたそうです。奥州藤原氏の牧があったのかもしれませんね。なおもう宮城県に別れを告げて岩手県に突入しています。
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 本日の二枚、上はホテルから撮影した気仙沼の街、下は車窓からの眺めです。
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by sabasaba13 | 2010-10-27 06:30 | 東北 | Comments(0)
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