「長い20世紀」

 「長い20世紀 資本、権力、そして現代の系譜」(ジョヴァンニ・アリギ 作品社)読了。著者はイタリア生まれでアメリカ在住の社会学者、ウォーラーステインと研究を共にした世界システム論の代表的論者です。本書は、1873~96年の大恐慌期と、1914~45年の三十年危機、そして1970年代の世界経済の危機を、長い二十世紀(世界的規模のアメリカ資本蓄積システムの台頭と完全拡大、さらに崩壊)として一括してとらえ、分析・考察した大著です。そして、ブローデルによって提起された歴史解釈の枠組みを踏まえたうえで、近代資本主義の発展には段階的に四つの長い一世紀があったとします。ジェノヴァが中心となった「長い15~16世紀」、オランダが中心となった「長い17世紀」、イギリスが中心となった「長い19世紀」、そしてアメリカが中心となった「長い20世紀」ですね。これら連続する「長い世紀」を比較・分析し、現在の危機の動態を解明し、今後の行く末を予想するという意欲的な試みもなされています。
 総ページ数は500ページを優に越える厚さ約5cmの大部の書、多岐にわたる論点、膨大な史料や引用、時空を自在に飛び回る思考の翼、圧倒されてしまいました。浅学非才の故、とても概括して批評をする力はありません。よって大変参考になったいくつかの論点を紹介して、お茶をにごすことにします。
 前述のように、資本主義発展の中心となった国家はジェノヴァ→オランダ→イギリス→アメリカと変遷しますが、筆者はこれを、ジェノヴァ・イギリスの「超国家的・帝国的」組織構造+「外延的」体制と、オランダ・アメリカの「団体的・国民的」組織構造+「内包的」体制と分析し、振り子のような前後運動が起こっていると指摘します。前者は資本主義世界経済の地理的拡大を進めたという意味で「外延的」体制です。氏曰く"世界は、ジェノヴァ体制のもとで「発見」され、イギリスの体制のもとで「征服」された(p.345)"。それに対して後者は、拡大された世界経済の地理的結合に責任をもつという意味で「内包的」体制です。氏曰く"オランダ体制のもとで、主にジェノヴァ人のイベリア共同者によって実行された世界の「発見」は、アムステルダムに中心をおく商業中継地・特許株式会社のシステムに凝集した。アメリカ体制のもとで、主にイギリス人自体によって実行された世界の「征服」は、アメリカに中心をおく国内市場・超国家的企業のシステムに凝集された(p.345)"。歴史をぐわっしと鷲?みにするような巨視的な分析ですね。
 また"冷戦の「発明」"という指摘は、意表をつかれるとともに、二十世紀の歴史を見るパラダイムへの大いなる挑戦だと思います。第二次大戦が終わると、内向き思考となったアメリカ国民・企業は海外への投資や資金援助に消極的となってしまいます。世界の貿易と生産の拡大のためには、アメリカの資金がヨーロッパに注ぎ込まれることが不可欠ですが、それは莫大な軍事援助という形で実現されます。その正当性を議会や国民に納得させるためには、強大で恐ろしい"敵"=ソ連が必要であった… よって冷戦という状況をリアルに認識させてくれたという意味で、朝鮮戦争はきわめて重要な戦争だったのですね。あるアメリカ高官が「朝鮮が我々を救ってくれた」と言ったそうです。そしてこのアメリカによる軍事援助と軍事支出が、世界経済を1973年頃まで続く異例な好況へと導いていった。以下、引用します。
 朝鮮戦争期とその後の大規模な軍事力強化が、大戦後の世界経済における流動性問題を一挙に解決した。外国政府に対する軍事援助と、海外におけるアメリカ自体の直接的軍事支出が、世界経済の拡大にとって必要な資金(流動性)のすべてを提供した-その両者とも1950~58年に不断に増加し、1964~73年に再び増加した。アメリカ政府がきわめて寛大な世界中央銀行の役割を果たすことによって、世界の貿易と生産は過去に前例のないほどの速さで拡大した。(p.454)
 そして戦後の日本に関する言及。第二次世界大戦後に日本資本主義の不死鳥が日本帝国主義の焼け跡から飛び立てたのは、アメリカ政府と日本の支配者層に政治的交換関係が成立したことに起因するという指摘は重要ですね。この関係を、一方的に利益追求に特化し、防衛のコストをスペインに外部化した四世紀前のジェノヴァになぞらえたのは卓抜な歴史的思考だと思います(p.513)。そのために、韓国・台湾・東南アジアなどの旧植民地を、経済的後背地として日本が事実上支配するのを、アメリカはその覇権のもとで認めた。彼は皮肉な口調でこう語っています。
 このようにして、日本はアメリカの覇権下で、経済的後背地を何のコストも支払わずに獲得した。この後背地は、二十世紀の前半に日本が領土の拡大で獲得することを目的とし、そのためにあれほど懸命に戦ったものであるが、最終的に第二次世界大戦での惨敗で失ったものである。(p.517)
 なんともとりとめのない書評ですが、インスパイアされた論点は他にも多々あります。とても全部を紹介できないのは残念ですが、世界の歴史を長く大きな眼で考えようとする方には大変魅力的かつ有意な書です。お薦め。
by sabasaba13 | 2010-11-05 06:24 | | Comments(0)
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