京都錦秋編(8):地蔵院(09.12)

 そしてここから歩いて数分ほどのところにある地蔵院へ。こちらは著名なようで、案内表示がありました。門前にあった解説板によると、1367(貞治6)年、室町幕府管領・細川頼之の寄進を受け、夢窓疎石を開山として建立された臨済宗寺院です。また一休宗純が幼い頃、修養した寺でもあるそうです。一休といえば、『狂雲集』におさめられた「弔戰死兵(戰死せる兵を弔ふ)」という漢詩を思い出します。えーと、どこかにメモしてあったな…あったあった。
赤面修羅血氣繁      赤面の修羅は血氣も繁く
惡聲震動破乾坤      惡聲の震動は乾坤をも破りけん
鬪諍負時頭腦裂      鬪諍に負けたる時は頭腦も裂けにけんを
無量億劫精魂舊      無量億劫に精魂を舊しぬらん
 「五山文学集 江戸漢詩集」(日本古典文学大系 岩波書店)の解説を参考に訳してみましょう。「赤い顔色の悪鬼の如き武士どもは、血気もさかんに湧きあがり、雄叫びの声は天地をも破滅させたことであろう。しかも激しい戦闘に敗れたときは、頭は裂け戦死を遂げてしまったであろうから、彼らは永久に見捨てられたまま、世の人々はその霊魂を古びさせてしまう」 文字通り、天地を破滅させるように軍事力を人類が手中にした現代だからこそ、よりいっそう心揺さぶられる詩です。戦死者にどう向き合うのか、一休のように弔うことによって記憶に留めるのか、サリンジャーが言うように"無駄死"させてしまうのか(It's time we let the dead die in vain.)、古くて新しい問題ですね。私は、正当に弔い"無駄死"として胸に刻むべきだと思いますが。なお一休宗純の生涯を描いた「あっかんべェ一休」(坂口尚 講談社漫画文庫)は日本マンガにおける金字塔です。信じ難いことに絶版とのこと、これは見識を疑います、ぜひ再販を強く要望します。
 話をもどしますと、地蔵院は竹林に囲まれているので、別名「竹の寺」とも呼ばれます。こちらのエントランスも素敵ですね、竹林を背景に橙色に染まるモミジ、そして苔を彩る散り紅葉。さすがに浄住寺にくらべて、訪れる方も多いのですが、幸い静寂な雰囲気を壊すほどではありません。総門をくぐり拝観料を払って参道を歩むと右手に細川頼之の事蹟を刻んだ石碑がありました。幼い足利義満を支え室町幕府のために尽力しながらも、政敵たちによって引退に追い込まれた悲運の人物、そして頼山陽が「日本外史」で紹介して人口に膾炙するようになった漢詩「海南行」の作者でもあります。
人生五十愧無功      人生五十にして功なきを愧ず
花木春過夏已中      花木春過ぎて夏すでに中(なかば)なり
満室蒼蠅掃難尽      満室の蒼蠅(そうよう)掃えども尽し難し
去尋禅榻臥清風      去りて禅榻(ぜんとう)を尋ね清風に臥す
 政敵を表わす"満室の蒼蠅"という語が強烈ですね。
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 そして正面にあるお堂を右に折れると、両側に見事な苔が敷きつめられた瀟洒な小路が続きます。苔むした切り株を彩る散り紅葉、まるで一幅の絵のよう。
 写真を撮りながら見惚れていると雲間を貫いて陽光がさしこみ、まるで一陣の清風が頬をなでたような気がします。瓦屋根の門をくぐり方丈にあがると、前庭は枯山水庭園になっていますが、写真撮影は禁止。絵葉書を売っているわけでもなし、なぜ禁止なのでしょう? とりたてて心惹かれるお庭ではなかったのでかまいませんが。ふたたび本堂のところに戻ると、薄暗い竹林の向こうに暖かく輝く紅葉に包まれた総門が見えます。絵になる風景ですね。
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-26 06:28 | 京都 | Comments(0)
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