「ベートーヴェンの遺髪」

 「ベートーヴェンの遺髪」(ラッセル・マーティン 白水社)読了。「ベートーヴェンの生涯」(青木やよひ 平凡社新書502)で教示していただいた本です。ベートーヴェンは梅毒であったという俗説も流布されていますが、彼の髪の毛を分析した研究者によると、梅毒患者であれば当然検出されるはずの水銀は定量できないほど微量で、そのかわりに基準値の四十倍を超える鉛が検出されたそうです。鉛中毒の一般的症例は胃腸疾患、痛風、黄疸、視神経と聴覚神経の損傷などがあり、これらはベートーヴェンの病歴とほとんど一致します。ただ、鉛を大量に摂取した経緯は不明ですが、工業化によるドナウ河の環境汚染と獣肉よりも魚や野鳥を好んだ彼の食生活が関係しているのかもしれないと青木氏は推測されています。それではいったい誰が、どういう経緯で、ベートーヴェンの科学的に遺髪を科学的に分析したのか。そしてその遺髪はなぜ残されていたのか。ベートーヴェンの人生と、彼の遺髪がたどった数奇なる歴史と、その歴史を解きほぐすと同時に、遺髪を分析することによって彼を生涯苦しめた痼疾の謎を解明しようとする二人の男ブリリアントとゲバラ(※もちろん同名異人)の苦心談が、まるで三重奏曲のようにからみあいながら奏でられます。音楽好き、歴史好き、ミステリー好きにはちょっとたまらない本でした。内容にふれると結末がばれてしまうので伏せますが、ナチによるユダヤ人迫害と命を張って彼らを守ろうとしたデンマークの人々、という点だけは記しておきましょう。ねっますます読みたくなったでしょ。
by sabasaba13 | 2011-01-18 06:27 | | Comments(0)
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