「日本とアジア」

 「日本とアジア」(竹内好 ちくま学芸文庫)読了。ヨーロッパやアメリカと向かい合う知識人は多いのですが、中国やアジアと向かい合う知識人は少ないように思われます。その一人が竹内好(よしみ)、老婆心ながらスーパーニッポニカ(小学館)の一文を借りて紹介いたします。
竹内好(1910―77) 評論家。長野県臼田町出身。東京府立一中、大阪高校を経て、1934年(昭和9)東京帝国大学文学部支那文学科卒業。卒業直前に岡崎俊夫、武田泰淳らと結成した中国文学研究会によって、中国現代文学研究の基礎を築いた。『魯迅』(1944)は日本最初の本格的魯迅論であり、第二次世界大戦中の名著の一つとされる。戦後54年(昭和29)東京都立大教授になったが、60年安保条約強行採決に抗議して辞任した。評論家としては『現代中国論』(1951)をはじめとする、日本近代文化の近代主義的性格の批判、「国民文学論」の提唱など、中国を対極に意識した日本社会への鋭い批判で、大きな影響を与えた。翻訳者としても魯迅をはじめとする翻訳で指導的役割を果たし、個人訳『魯迅文集』六巻(1976~78)の完成近く癌のため昭和52年3月3日死去。
 つねづねじっくりと読んでみたいと思っていたのですが、たまたま書店の棚で本書を見かけ購入しました。論点は多岐にわたりますが、いくつか紹介します。
 まずキーワードとなるのは"ドレイ"です。氏はさまざまな文脈で使われていますが、私なりにまとめると、権威によりかかる態度、真理でなく発言者の社会的名目的な位置を基準にしてコトバを量る仕方、結果だけを人にもらいたがる乞食根性、「新しい」ということが価値の規準になるような無意識の心理傾向。一言で言うと、「自分の頭で考えようとしない」ということだと思います。その"ドレイ"たちを率いるのが"優等生"です。戦前でしたら軍部(士官学校の優等生)、戦後だったら官僚(帝国大学の優等生)ですね。自らの過誤を認めようとせず、すべてを"ドレイ"の力不足のせいにして君臨する"優等生"たち。しかも巧妙なことに、士官学校と帝国大学という二つの上へ向って開かれた管を通れば、"ドレイ"から"優等生"へと成り上がれる道が敷かれています。この管によって、変革を起こそうとするパワーが吸い上げられて枯れ果ててしまうことになりました。そして"優等生"の走狗・爪牙となった"ドレイ"たちが何をしたか。ハーバート・ノーマンはずばり、"最も残忍で無恥な奴隷は、他人の自由の最も無慈悲且つ有力な掠奪者となる"と言っています。そしてこの日本文化のドレイ的構造は、うえに乗った部分だけを入れ替えて(軍部→官僚)、今に至るまで維持されている。
 次のキーワードは"アジア"です。明治維新以来、日本はアジアの一員として共に生き、アジアを主体的に考え、アジアに責任を負おうとしてきた、と竹内氏は述べられます。そしてそこには朝鮮や中国との関連なしには生きられないという自覚が働いていました。もちろん韓国を併合し、中国を侵略するという乱暴もありましたが、氏はかなり思い切った表現でこう語っておられます。
 侵略はよくないことだが、しかし侵略には、連帯感のゆがめられた表現という側面もある。無関心で他人まかせでいるよりは、ある意味では健全でさえある。(p.95)
 しかし敗戦をきっかけに日本は、功罪ともにありますが、そうした姿勢を失ってしまいました。アジアを、あくまでも外にある対象として見ることができず、アメリカ・西欧とアジアの中間に立って、買弁としてサヤを取りたいという本心が見え隠れしている。日本をアジアから除外して、超越的立場から、アジアを支配と搾取の対象でしかないとする思考からいかに脱却するか。アジアの苦悩に共感して理解し共に生きる、そうしたアジア観をいかにして構築するか、そこにすべての問題がかかっている、と氏は述べられています。ドレイ根性も支配者根性も克服して、アジアから、いや世界から支配被支配の関係そのものを排除しなくてはならない、ということでもありますね。
 そしてもう一つのキーワードが"戦争"です。1945年の無条件降伏におわったあの戦争をどうとらえるのか。この問題については、下記のような大きな問いとして提出されています。
 1945年の無条件降伏におわる戦争を、福沢が設定し、明治国家に体現された思想コースの延長上にとらえるか、あるいは福沢コースの逸脱としてとらえるかは、議論の分かれるところだろうと思う。この議論が整理されないために、思想上の混迷が今日まだつづいていると見ることもできる。(p.263)
 あの戦争は、福沢諭吉と専制官僚たちが築いた明治国家からの逸脱なのか、それともその中に"野蛮"が胚胎していたのか、そうした視点で日本の近代史を見直すべきである。はい、しかと受け止めて、自分の頭で考えていきたいと思います。
 いずれの問題にせよ、権威によりかからず、自分の頭でしっかりと考えなさいという、氏のメッセージが通奏低音のように鳴り響く重厚な一冊でした。それではどうすれば、そうなれるのか。日本の、いや世界中の先生方に氏の言葉を贈ります。
 政治にはほとんど望みがない。政治家には期待がかけられない。とすれば、教育に期待するより仕方ないではないか。そしてわたしの考える教育は、教師がその全部である。(p.257)

by sabasaba13 | 2011-03-23 06:15 | | Comments(0)
<< 「魯迅評論集」 丹波・播磨・摂津編(35):新... >>