「世界史(上・下)」(ウィリアム・H・マクニール 中公文庫)読了。世界歴史の通史をずっとおっかけていますが、要を得て簡なる本にはなかなか出合えません。重箱の隅をつつくように事象を羅列する通史ではなく、世界の様々な地域や文化の関係や交流をがばと鳥瞰する通史、言うのは簡単ですが実現するのには大変な知力と知識が必要になるでしょう。そうしたわがままな私の願いにある程度応えてくれるコンパクトな世界通史に、たまたま書店で出会うことができました。それが本書です。著者はバンクーバー生まれ、シカゴ大学で歴史学を教えた方で、叙述をつらぬく基本的な考え方について序文でこう述べられています。
いついかなる時代にあっても、世界の諸文化間の均衡は、人間が他にぬきんでて魅力的で強力な文明を作りあげるのに成功したとき、その文明の中心から発する力によって攪乱される傾向がある、ということだ。そうした文明に隣接した人々は、自分たちの伝統的な生活様式を変えたいという気持ちを抱き、またいやが応でも変えさせられる。…時代が変わるにつれて、そのような世界に対する攪乱の焦点は変動した。したがって、世界史の各時代を見るには、まず最初にそうした攪乱が起こった中心、またはいくつかの中心について研究し、ついで世界の他の民族が、文化活動の第一次的中心に起こった革新について(しばしば二番せんじ三番せんじで)学びとり経験したものに、どう反応ないしは反発したかを考察すればよいことになる。(上p.36)魅力的で強力な文明による"攪乱"、それに対する"反応と反発"という見方が興味深いですね。たしかに文明のもつこうした負の側面にも目を配らないと、歴史のダイナミックな動きは理解できません。このしっかりとした視点を軸として、イスラーム圏など非欧米地域にも十分に目を配っているところに著者の識見を感じます。その結果でしょうか、蒙を啓いてくれるような斬新な分析も魅力的です。例えば、世界の大洋がヨーロッパ人に開かれたことから生じた三つの大きな結果が、あらゆる文明社会に影響を与え、また同時に多くの未開民族の生活条件を変えたと指摘したうえで、それはアメリカ大陸からの大量の金銀の流入にともなう価格革命、アメリカ大陸の作物の伝播、病気の拡大であると述べられています。(下p.45~46) またロシアと両アメリカ大陸の社会を、西欧諸国のそれから区別する基本的な条件に、土地が比較的豊富であることと、労働力が不足していたことを指摘。その結果、無政府主義的平等および文化的な新原始主義、および主人と使用人という極端な分極化(新世界の奴隷制度…旧世界の農奴制)が生まれると分析されています。(下p.154~155) ロシアとアメリカの共通性とは、思いもしませんでした。目から鱗が落ちた思いです。そう言われてみると、ロシアが農奴制を廃止したのは1861年、アメリカ合衆国が奴隷制を廃止したのは1863年、ほぼ同時なのですね。 清朝やムガル帝国やオスマン帝国が、西欧の進出に対してなぜ十分な抵抗ができなかったのか、あるいは日本ではなぜある程度それが可能であったのか? 私などは、為政者の対応の巧拙、ヨーロッパからの距離の差、近代化の前提条件が整っていたか、などと漠然と考えていましたが、著者はこう述べられています。 ここで注意しなくてはならないのは、満州人、ムガール人、オスマン・トルコ人たちが、それらの帝国に住む国民の大多数から見れば異民族だという事実である。そのような状況では、支配者側が国民の民族的、文化的な同胞感情に訴えるのはきわめて危険となる。民族感情が高まれば、当然ながら自分たち外国人による支配体制の存立が危険にさらされることにもなりかねないのだ。だが国民全体を動かして西欧の侵入に抵抗させるには、彼らの民族感情に訴えるしか方法がないのも事実だった。したがって中国、インド、そして中東の諸帝国においては、西欧の進出に対する国民側の抵抗が効を奏するなど、期待するほうが無理だったのである。日本やアフガニスタンのように、支配層と一般民衆が同一の民族であった地域では、西欧の圧力に対してはるかに効果的な抵抗が見られた。(下p.243)うーん、これも鋭い。19世紀および20世紀の歴史を考察する際に、"ナショナリズム"をつねに頭に置いておかなければならぬと、あらためて銘肝しました。近代システム論のような壮大な理論体系ではありませんが、実にわかりやすく面白く興味深い通史でした。お薦めです。
by sabasaba13
| 2011-04-24 06:54
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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