「ダンシング・チャップリン」

「ダンシング・チャップリン」_c0051620_612451.jpg 先日、山ノ神と銀座テアトルシネマで「ダンシング・チャップリン」を見てきました。以前から見たい見たいと騒いでいた山ノ神に誘われてつきあったのですが、なにせ上映されている映画館が限定されているため、なかなか機会が見つかりませんでした。今回も午前十一時ごろ現地に行って、ようやく午後四時の座席を予約することができた次第です。とは言っても残りはわずか七席、左最前列という劣悪な条件ですがやむをえません。この間、彼女のお買い物に供奉いたしました。ふだんは贅沢かつ華美な暮らしとは縁遠い山ノ神、服を買うことはめったにありません(仕事が忙しいという理由もありますが)。しかしやはり「新しい服を買いたい」という強い思いがあったのでしょう。お花畑のようなデパートの婦人服売り場の中を、嬉々として蝶のように舞い踊る彼女。五時間弱もつきあうのは苦行でしたが、見る見るうちに憑き物が落ちたようなすっきりした表情になっていくのを見ると、そんな苦労も報われます。結局、買ったのはバーゲン品のシャツ二枚というのも、彼女らしいところ。
 さてそれでは映画館に向い、人波とともに入場。監督は周防正行、「Shall we ダンス?」や「それでもボクはやってない」といった面白い作品をつくった手腕に期待しましょう。とはいうものの、ちょっと変わった趣向の映画です。フランスのバレエ振付家にローラン・プティという巨匠がいるそうですが、その彼がチャップリンの名作をバレエとして表現したのが「Charlot Danse avec Nous(チャップリンと踊ろう)」という作品です。ルイジ・ボニーノというバレエダンサーのために振り付けた作品でもあり、1991年の初演から彼がチャップリン役を踊り続けています。しかしルイジも六十歳、肉体的に限界を迎えつつあります。その彼の舞台を映画として記録しておきたいというのが、周防監督がこの映画をつくった一つ目の狙い。もう一つは、引退したばかりの細君・草刈民代をルイジの相手役として起用し、彼女のラスト・ダンスをフィルムに焼き付けておきたいという狙いです。映画は二幕で構成されており、第一幕は「アプローチ」。監督がヨーロッパに出向いて、映画についてのプティとのやりとりやチャップリンの息子へのインタビューとともに、ダンサーたちの練習風景を描いています。美を創造するために、一切の妥協を排して練習に全身全霊を注ぐダンサーたち、めったに見ることができないその舞台裏には眼を奪われました。そしてクランクイン、撮影・照明・小道具といった映画製作関係者たちの、研ぎ澄まされた仕事ぶりをちゃんと記録されています。ダンサーたちと協力して、美を創造し記録しようとする熱い思いがひしひしと伝わってきます。
 そして第二幕は「バレエ」、プティが振り付けた全20演目を13演目に絞り、周防監督が映画のために再構成・演出・撮影したバレエ作品です。「モダン・タイムス」「街の灯」「黄金狂時代」「犬の生活」「キッド」を題材としたプティの見事な振り付け、ルイジや草刈をはじめとするダンサーたちの素晴らしい踊り。"空中のバリエーション"での草刈の優雅さと美しさ、"ティティナを探して"でのルイジの躍動感も素晴らしいのですが、"二人の警官""警官たち"の、キーストン・コップスを彷彿とさせるコミカルなダンスも大好きです。そして映画は、チャップリンの衣装を脱ぎ捨てたルイジ・ボニーノが、長い一本道を歩き去っていく後ろ姿で終わります。
 もうご託は必要ないでしょう。人間の肉体がもつ豊かにして恐るべき表現力を堪能できた後半の一時間、その表現力を磨きあげるための努力を知ることができた前半の一時間。心ゆくまで楽しむことができました。バレエと映画と妻へ、周防監督が捧げた暖かいオマージュです。
by sabasaba13 | 2011-05-09 06:12 | 映画 | Comments(0)
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