パウル・クレー展

c0051620_6152144.jpg とある金曜日の夜、広上淳一指揮日本フィルハーモニーのコンサートを聴きにいくことになりました。幸い仕事の都合がついて午後四時ごろ職場を離れることができたので、渡りに舟、竹橋の近代美術館で開かれている「パウル・クレー展 おわらないアトリエ」を見てから六本木のサントリーホールに向かうことにしました。クレー曰く"芸術は人類の保養地"、クレーの絵に見惚れて、リヒャルト・シュトラウスの音楽に聴き惚れる、これぞ極上の保養です。午後五時すこし前に東西線竹橋駅に到着、外へ出て溽暑蒸蒸とした空気の中をすこし歩くと国立近代美術館に着きました。入場待ちの行列もないので、落着いて鑑賞できそうです。まずはパウル・クレーについてスーパーニッポニカ(小学館)から抜粋して紹介いたしましょう。
Paul Klee (1879―1940) スイスの画家。12月18日ベルン近郊ミュンヘンブーフゼーに生まれる。ドイツ人の父は音楽教師、スイス人の母は声楽家で、ひとり息子の彼は早くから音楽、絵画、文学に親しみ、器楽(バイオリン)を習う。1898年初めてミュンヘンに出て私画塾に通い、1900年ふたたび同地に出て美術学校のシュトゥックの教室で学んだ。
 …03~05年アール・ヌーボー風の幻想的な銅版画を制作、ブレーク、ビアズリー、ゴヤに共鳴する。06年ミュンヘンの女流ピアニスト、リリー・シュトゥンプフと結婚し、ミュンヘンに定住する。ミュンヘン分離派展に銅版画を出品、以後09年まで同展にガラス絵を含む作品を送るが落選を繰り返す。…カンディンスキー、マッケ、マルクと親交を結び「青騎士」のグループに参加する。…
 14年マッケ、モワイエとともにチュニジアへ旅行し、水彩で多くの風物を描く。「色彩がぼくをとらえた。ぼくと色彩とは一体だ」と日記に書いているのはこのときで、彼の色彩開眼を記念する旅である。以後彼は彩色画へ移っていくが、それはかならずしも既成のタブローではなく、さまざまの混合技法を用いている。…21年ワイマールのバウハウスで教鞭をとる。…ファイニンガー、カンディンスキー、ヤウレンスキーと「青の4人」展を結成。25年バウハウスの移転に伴いデッサウに住む。…31年デュッセルドルフ美術学校教授となる。33年美術学校の職を辞し、ベルンに帰る。…皮膚硬化症の最初の徴候が現れる。37年ブラックとピカソの訪問を受ける。「退廃芸術展」が彼の作品17点を含めてドイツ各地で催される。…病状悪化し6月29日ロカルノ湖畔ムラルトの病院で死去。
 私の大好きな画家の一人で、もし世界中にある絵の中から一枚ロハでいただけるとなったら(あり得ませんが)、二念無くクレーの絵を所望します。キャンバスの上で、時には楽しげに時には悲しげに踊るリズミカルな色と形と線、"凍れる音楽"と形容したくなる絵です。それでは入場料を支払い中へと入りましょう。今回の展覧会の趣旨は、「クレーの作品は物理的にどのように作られたのか」という点にさまざまな角度から迫るというもの。今年の冬に訪れた、ベルンのパウル・クレー・センター所蔵の作品が中心となっています。まずCapter1は「現在/進行形-アトリエの中の作品たち」、クレーは生涯においてミュンヘン、ヴァイマール、デッサウ、デュッセルドルフ、ベルンにアトリエを構え、その様子を画家自身が写真で記録しています。その写真を掲示するとともに、そこに写っている絵をいくつか紹介するコーナーです。ここで目を引かれたのが、ポスターにも取り入れられている『花ひらいて』、キャンバスを分割するさまざまな色調の微妙に歪んだ正方形、その中央に明るい色の正方形で構成された"花"が浮かび上がっています。この部屋に入った瞬間に、この部分が鮮やかに咲き誇る花のように目に飛び込んできたのが印象的でした。『破壊された村』は1920年の作品、鬱勃とした色調の中に点在する歪な建物が配置されています。第一次世界大戦がクレーの心に残した爪痕を感じます。
 Capter2~5は彼の制作技法を紹介するコーナーで、「写して/塗って/写して-油彩転写の作品」「切って/回して/貼って-切断・再構成の作品」「切って/分けて/貼って-切断・分離の作品」「おもて/うら/おもて-両面の作品」で構成されています。ディスプレイによる技法の解説を見た後、そうした技法が使われた実際の作品が展示されていました。大胆かつ斬新な技法自体ももちろん興味深いのですが、やはり完成された作品にこそ意味があるというもの。こちらで見入ったのは、『綱渡り師』と『蛾の踊り』の二点のみでした。前者の線によるユニークで楽しい造形もさることながら、後者の得も言われぬ禍々しさには圧倒されました。暗いけれども美しい方形のグラデーションの中、下方へと弾けるように飛び散る幾多の矢印。2011.7.2放映の「美の巨人たち」で教示されたのですが、クレーが描く矢印は飛行機による爆撃をイメージしたもので、人間に襲いかかる禍々しいものを象徴しているそうです。
 そしてCapter6は、クレーが「特別クラス(Sonderklasse)」としてカテゴライズした作品群で、署名の近くに"S kl""S cl"と記されており、非売とされ画家の手元に遺されたものです。自らの制作における試金石的ないし模範的作品と画家が考えた作品ですね。こちらで心惹かれたのは、同番組で紹介されていた『襲われた場所』です。上方からの大きな矢印と左方からの小さな矢印に襲われる街と人間が描かれています。背景のグラデーションがひときわ美しいだけに、その緊迫感と破滅の予感が身に迫ってきます。人間を脅かす不可視の禍々しいものを、目に見えるものとして表現した作品だと思います。ふとHUKUSHIMAのことを思い浮かべてしまいました。放射能という恐るべき矢印によって刺し貫かれてしまった“襲われた場所”福島… しかし直下型大型地震が原発や六ヶ所村の再処理施設を直撃した時に起こるであろう最悪の事態を直視せず、原発の延命に奔走する電力会社・政治家・官僚たち。それを批判しないメディアと国民。クレーの視線は時代を超越して、今われわれが直面しているカタストロフをも見据えています。『ゴルゴタへの序幕』の前でも足が止まりました。イエス・キリストらしき人物の上に細い階段が描かれ、その先はエアブラシで表現された混沌とした暗雲の中に消えていきます。
 最後にクレー最後のアトリエ(ベルン)を再構成した展示を見て終了です。技法に焦点をしぼった趣旨は興味深かったのですが、感銘を受ける作品がしょうしょう少なかったのが残念です。これからもクレーとのつきあいは長く深くなりそうです。なお常設展も無料で見られるとのことなので、駆け足で見てきました。こちらは何度も訪れているのですが、珠玉のような近代日本美術の作品群には圧倒されます。荻原守衛の『女』、和田三造の『南風』、安井曽太郎の『金蓉』、萬鉄五郎の『裸体美人』、古賀春江の『海』、靉光の『自画像』『眼のある風景』、エトセトラエトセトラ。その中で、オスカー・ココシュカの『アルマ・マーラーの肖像』があったのには驚きました。実は今年の冬にバーゼル市立美術館で、彼の畢生の大作『風の花嫁』を見てきたばかりです。こうした奇遇も美術館巡りの楽しみの一つです。
by sabasaba13 | 2011-07-11 06:16 | 美術 | Comments(0)
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