「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」

「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」_c0051620_6165892.jpg 東京都写真美術館三階で「こどもの情景」を見た後、同館二階で「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」を見てきました。1968年に旧チェコスロバキアで「人間の顔をした社会主義」を求める動き(プラハの春)が官民一体となって盛り上がったのに対して、旧ソ連や東欧の社会主義国が軍事介入し抑圧した事件が起きましたが、その時のプラハ市民の抵抗の一部始終を撮った写真家ジョセフ・クーデルカの作品展です。まずはこの事件の概要について、『《ビジュアル版》世界の歴史20 現代の世界』(武者小路公秀 講談社)から引用して紹介しましょう。
 60年代の後半、他の東欧諸国と同様チェコスロヴァキアもその経済成長が行き詰まり、67年11月に一連の学生デモなどが発生したが、68年1月、共産党の内部において、このようなチェコスロヴァキア社会の不安定化に対応するために、ノボトニー第一書記を解任し、代わりにアレキサンダー・ドプチェクを第一書記に選んだ。ドプチェクを中心とする新指導部は、直ちに「社会主義と国家統一を信じるすべての善良な市民が、自らがなんらかの意味で役に立つ人間であることを実感できる」ようにするために、官僚制権力集中を大幅な国民の政治参加によって改革する構想を打ち出した。これは同時に工業の分散化と農業における集荷セクターの拡大を意味したので、ドプチェクがワルシャワ条約機構を離脱する意思がないということを明言したにもかかわらず、ソ連はじめCMEA(経済相互援助会議・コメコン)、ワルシャワ条約機構諸国から反動勢力とみなされた。ドプチェクとソ連指導部とは事態の収拾のために交渉を重ねたけれども、これが不成功に終わった結果、68年8月には20万のワルシャワ条約機構五ヵ国の軍隊がチェコスロヴァキアに侵入し、市民の非暴力手段による抵抗を抑えて、プラハの春と呼ばれたこの実験に終止符を打った。(p.83~84)
 さっそく展示室に入りましたが…目が釘付けになりました。これだけ迫力があり、しかも重い意味を訴えかけてくる力強い写真にはそうそうお目にかかれるものではありません。プラハを蹂躙するワルシャワ条約機構軍の数多の戦車と兵士たち、その圧倒的な武力を前にしてプラハの市民はどうしたのか。非暴力と不服従。侵略者たちに抗議するための集会やデモ、ビラや新聞の製作と配布、彼らを批判するためにさまざまな工夫をこらしたポスターや落書、そして兵士たちに対する説得と糾弾、時には戦車によじのぼって全身全霊を込めて抗議の声をあげます。そしてカメラは、市民たちのさまざまな表情をも捉えていました。不撓不屈の闘志、怒り、断固とした決意、不安、怯え… 絶望的な、しかし人間の尊厳をかけた抵抗の空気が、びしびしと伝わってきます。解説によると、侵入する軍隊を迷わせるために、老若男女、子どもたちまで協力して、一夜にして住居や街路の標識を取り外したそうです。
 クーデルカ氏の言葉を紹介しましょう。アサヒ・ドット・コムのインタビューで彼はこう語っています。"いざとなればこのように振る舞える自国を誇りに思った" 「日本を愛せ日本を愛せ日本を愛せ」とストーカーのようにつきまとう方々にぜひ噛みしめてほしい言葉です。また展覧会担当学芸員に対しては、"この写真はもう40年以上前のものだけど、だからこそ出てくる意味があるんだ。この記録は昔のプラハのことじゃなくて、いまも侵略され圧政に苦しんでいる人々に関することなんだよ"と語っています。人間の尊厳を踏み躙る強者に対して、人々が一丸となりあらん限りの知恵と言葉をふりしぼって抵抗する。こうした行為の積み重ねが、民主主義を内実のあるものへと鍛え上げていくのですね。そして今現在でも地球のいたるところでこうした闘いが行なわれていることも銘肝しましょう。
 ひるがえって日本はどうでしょうか。戦前の自由民権運動、護憲運動、米騒動、大正デモクラシー、戦後の数多の労働争議やデモ・集会、60年安保闘争、68~70年の全共闘運動、たしかにさまざまな形の闘いがありましたが、結局、人間の尊厳を平然と踏み躙って棄民をくりかえす国家権力のあり方を変えることはできませんでした。戦争、満州移民、公害、格差社会、そして原発。何に原因があるのでしょうか。運動の仕方? 思想? 教育? 答えは容易には見つかりません。しかしそれを見つけようとする努力はし続けたいと思います。プラハ市民のように、みんなで一丸となって人間存在を脅かす強権に抗う日が来ることを信じて。

 本日の一枚、ビロード革命(1989)の八年後に訪れたプラハで撮影した、チェコ事件の舞台となったヴァーツラフ広場です。なおポスター写真の題名は「2度にわたり、人がいなくなったヴァーツラフ広場 8月22日、23日」です。
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by sabasaba13 | 2011-07-14 06:18 | 美術 | Comments(0)
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