「ピアノの森」

 「ピアノの森」(一色まこと 講談社)読了。これまで「わずか1小節のラララ」「いつもポケットにショパン」(くらもちふさこ)、「Blow up !」(細野不二彦)、「Go ahead !」(江口寿史)、「のだめカンタービレ」(二ノ宮知子)といった音楽マンガの傑作を読んできましたが、その殿堂にもう一作を加えましょう。主人公は一ノ瀬海(かい)、水商売をしている怜子の私生児として生まれますが、人並み外れた音楽の才能に恵まれています。事故によってピアニスト生命を断たれた阿字野壮介が彼の才能を見出し、さまざまな困難を乗り越えながらショパン・コンクールをめざす、という単純なストーリーなのですが、まずは数々の個性的なバイ・プレーヤーに魅了されます。ピアニストとしてのエリート教育を受けながらも海の演奏に追いつけずに苦悶する雨宮修平、阿字野のライバルでしたがとうとう追いつけずその夢を息子に託す雨宮洋一郎、強烈な劣等感を抱えながらも海に救われる丸山誉子、阿字野と海を暖かく見つめる世界的名ピアニストジャン・ジャック・セロー、壮絶な幼少期を過ごし阿字野のピアノへの憧れをもつパン・ウェイ。彼らを見事な表現力で描きわけた一色氏の筆力には脱帽です。絵のタッチも良い意味で品のある、洗練された画風で大いに好感をもてます。"絵から「粗雑」という病気を取り除かなければならない。「稚拙」も「未熟」でもいい。「粗雑」とは心の病である"とは小倉遊亀の言葉ですが、粗雑なマンガが横行している昨今、一服の清涼剤のような作品でした。そしてピアノや音楽に関する、滋味あふれる台詞の数々も見逃せません。いくつか引用しましょう。
 敵はモーツァルトなんかじゃないぞ おまえの敵はおまえだ一ノ瀬! (第4巻)

 楽譜をなぞるだけなら人間が弾く意味がどこにあるんです? (第5巻)

 キミは…もっと自分のピアノを好きになった方がいい! そうすればきっとわかる 誰かと比べる必要なんてない…ってことが (第6巻)

 私にもし…ちゃんとしたピアニシモが弾けたらベルリンフィルのソリストだってつとまっただろう (第9巻)

 ピアニストには二種類ある もう一度聴きたいか そうでないか (第9巻)

 ピアノは誰かと勝負するもんじゃない…勝負すべき相手がいるとしたら自分自身だ (第12巻)

 正しいけれど面白くない…という演奏はどこか本質的な点で間違っているのだよ (第16巻)

 自分の音を客観的に聴くことができるなんて正直僕はほとんどのピアニストができていないと思ってる 本当にできたらキミはもう名人の域に達してるよ (第16巻)

 誰よりもがんばってきた…だって? 何それ苦行の話? そこをよりどころにしていたら…後は寝ずに食べずに倒れるまでやるしかなくなるじゃないか!! そんな張りつめたピアノ…誰に聴かせたい? 誰が聴きたい? おまえって何のためにピアノを弾いてるの? オリの中で自分のためだけに弾きたいわけじゃないんだろ? (第17巻)
 さらに、これは至難の業なのですが、さまざまなピアノ曲の楽想とそれを弾くピアニストの表現を、絵としてまとめあげた技量の確かさ。これは凡百の漫画家にはできないことだと思います。
 また国内のコンクールやショパン・コンクールについての裏話も興味深いものでした。特に後者における審査のやり方、いかにして公正さを見せかけながらポーランド人ピアニストに高得点を与えるか苦心する審査員の手練手管には、(実話なのかどうかはわかりませんが)さもありなんと思ってしまいました。コンクール参加者の演奏前の緊張感、審査結果を待つ間の高揚感と不安感、そしてその結果を知った時の喜怒哀楽、手に取るように伝わってきます。
 というわけで、今、ショパン・コンクール本選の真っ最中(※週刊『モーニング』に連載中)、さあパン・ウェイの、レフ・シマノフスキの、アン・チャンウとアン・チャンス兄弟の、そして海の演奏は、その結果はいかに。今から胸がときめきます。なお余談ですが、今私が呼んでいる唯一の漫画週刊誌がこの『モーニング』、「宇宙兄弟」「エレキング」「OL進化論」「バガボンド」「カレチ」「GIANT KILLING」「社長 島耕作」「とりぱん」「へうげもの」「ポテン生活」「僕はビートルズ」「美童物語」といった佳作が目白押し。
 さて音楽マンガといえば、ハロルド作石の「BECK」もかなり面白そうですね。全34巻、大人買いをしようかなと、現在山ノ神と協議中。
by sabasaba13 | 2011-08-06 07:34 | | Comments(0)
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