セガンティーニ展

c0051620_14442100.jpg 通勤のため、某私鉄の某駅を利用しておりますが、展覧会のポスターが何枚も並べて貼ってあり重宝しております。でも「ゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤゴヤ」にはさすがにぶっ魂消ましたが。
 そんなある日、掲示板の一角から清明な光があふれ出し、心なしが都会の煤けた空気を浄化しているようです。いそいそと近づいてみると、ああやっぱり、「セガンティーニ展」のポスターでした。今年の春に開催される影響でしたが、震災の影響で延期になっていたのですね。実はかなり前、サン・モリッツに行った際、たまたま彼の美術館が改修中で地団駄を踏んだ覚えがあります。開催場所も損保ジャパン東郷青児美術館と、わりと近いので行ってみることにしました。まずはスーパーニッポニカ(小学館)から、彼について引用します。
 Giovanni Segantini (1858―99) イタリアの画家。スイスの山岳風景を題材に、人間と自然の澄みきった調和を描いたことで知られる。アルプス山麓のアルコに生まれ、5歳のときに母親を亡くし、父親とも別れて、貧困と孤独の幼年時代を送る。短期間ブレラのアカデミーに学んだのち、イタリアのブリアンツァ地方に暮らし、自然主義的傾向の強い絵画を描く。
 1886年から94年まで明るい光のあふれたスイスのサボニーノに住み、独自の仕方で『編物をする羊飼いの少女』にみられるような筆触分割(分割主義)の手法を獲得する。芸術に精神的なものを求めた彼は、『生命の天使』を描いてから象徴主義に向かう。文明の拘束を嫌い、汚れなき自然のうちに、生命の輝きを表現しようと望んだ。
 また社会主義思想に共鳴し、芸術論を雑誌に寄稿する。94年からスイスのマローヤに住んだが、やがて遺作となる『生』『死』『自然』の三部作(サン・モリッツ、セガンティーニ美術館)に取り組む。スイスの高原地帯エンガディンを舞台とするこの三部作は、セガンティーニの理想とした人間の厳しく清浄な生のあり方を伝えている。しかし、彼はこの風景画を標高2700メートルのシャーフベルクで制作中、盲腸炎のために41歳で急死した。
 12月、小春日和の某日曜日、新宿から徒歩十分ほどのところにある損保ジャパン東郷青児美術館に行ってきました。閑古鳥が鳴いているのではないかと、半ば心配、半ば期待したのですが、どうしてどうして、行列とまではいきませんが、イヤホン・ガイドがある絵の前では人だかりができています。そう、最近の美術館で起こる渋滞の原因です。ま、別に咎める気持ちは毛頭ありませんが、私としてはガイドを聞く価値のある作品とない作品を誰かが決めて、それに唯々諾々と従うのがどうも性に合いません。まずはイタリア時代の作品から。まるでミレーかゴッホを思わせるような重厚かつ暗いタッチで、農民たちを描いています。この頃は、1873年からはじまった、いわゆる大不況(グレート・デブレッション)の時代。農村でも恐慌が起きていたと聞いたことがあります。そうした時代背景も彼の絵に影響を与えているのかもしれません。そしてスイスに移ると、これが同じ画家の絵かと思うくらい、劇的に画風が転換します。アルプスの澄んだ空気とふりそそぐ強い日差し、そして何よりもアルプスの雄大な自然が、画家の中に眠っていた何かを目覚めさせたのでしょう。青い空と白い雲、険しい山塊と玲瓏な冠雪、緑の牧場、そこに点景のように描かれる人々と動物たち。もう見ているだけで、心にたまった滓や頭に積もった塵が雲散していくようです。彼の絵の特徴である筆触分割をよく見てやろうとキャンバスに眼を近づけると、小さい楔の形に塗られたさまざまな色が、画面を埋めつくしています。しかし離れて見ると、そうした色が渾然と混ざり合い、深みのある色となって立ち上がってきます。やはり、「画家の目は正しい」ということですね。そして晩年、"生"や"死"をテーマとするようになると、清澄な雰囲気は影をひそめ、重く渋い色の絵がふえてきます。なお、遺作であり彼の代表作である『生』『死』『自然』の三部作は写真のみの展示でした。なにせ門外不出の傑作なので、これを見るにはサン・モリッツにあるセガンティーニ美術館に行くしかありません。ダボスでのスキーと組み合わせて、いつの日にか行ってみる所存です。
by sabasaba13 | 2011-12-21 14:05 | 美術 | Comments(0)
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