隠岐編(26):米子(10.9)

 駅前広場には河馬の彫刻がありましたが、何かいわれがあるのでしょうか。「山陰鐡道発祥之地 米子」という記念碑と機関車の動輪のモニュメントも発見。
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 元町サンロードというアーケード商店街に入るとほとんどのお店がシャッターを閉じており、"山陰の大阪"はもう昔日のことかと胸が締めつけられます。地方の衰微した姿を見るのはほんとうにつらいものです。途中にあったオープンスペースに展示されていたのが日本最古の木製客車「法勝寺電車」。1887(明治20)年にイギリスのバーミンガムで製造された客車で、かつて米子と南部町法勝寺を結ぶ法勝寺鉄道で活躍していたそうです。今は日向ぼっこをしながら余生を楽しんでいますので、全国の鉄ちゃん・鉄子さん・鉄三郎君、米子に来たらお見逃しなく。
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 本通り商店街へ左折するところでふと右手を見ると、縦長窓と洒落た装飾が印象的なビルを見かけたので近づいて写真に撮影。後日調べたところ、登録有形文化財に指定されている米子専門大店ビルで、竣工は1924(大正13)年頃で、頂部に菱形の浮き彫りを施した付け柱をもつ石造風壁面が特徴だそうです。本通り商店街には、岡本喜八監督の生家である靴屋「ニューハンザ」がありました。
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 大通りを少し左に行くと、旧米子市庁舎を利用した山陰歴史館があります。笑い通り商店街に入ると、世間の荒波に抗って健気に商いをされている「銃砲火薬 土井親男商店」や「持田金物店」、「髪理 館ルテ(デ?) モ一第」という浮き彫りのある古風なビルや、かつての銀行らしきビルもありました。「けっ俺にゃあ希望はないのさ」とはすに構えるフェイスを撮影し、加茂川に出ると数件の白壁土蔵が川面に美しい姿を映しています。
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 すぐ先が中海、このあたりはおそらく荷を満載した船が行き来し往時は殷賑をきわめていたのでしょう。その名残りを感じさせてくれるのが、回船問屋後藤家の広壮な邸宅です(内部は非公開)。川沿いの道をすこし走ると中海のほとりに出ました。
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 ここでUターンして、路地へと分け入ってみましょう。「岡本一銭屋」という昔懐かしい駄菓子屋は、屋根の上の古い看板が魅力的。何でも1950(昭和25)年に米子市で開かれた博覧会のためにつくられたそうです。"一銭"というのは、昔の子供の小遣い銭を指しているのですね。「芸術は爆発だ!」と歯を剥きだして彷徨するフェイスや、謎の古いビルを撮影していると、「男前会館」というかつての理髪店がありました。
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 その近くにはまるでアパートのような「弁天」、木製の古い消化器入れ、要塞のような「カヤノ薬局」、石州瓦の見事なお寺さん、神々は細部に宿り給っています。じっくり徘徊すればたくさんの面白物件に遭遇できそうな恋の予感がしますが、いかんせん貧乏旅行の道すがら、次なる目的地に行かねばなりません。急いで米子駅へと戻り、自転車を返却して、大山ループバスに乗り込みました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-01-06 06:21 | 山陰 | Comments(0)
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