札幌・定山渓編(1):札幌へ(10.10)

 先日のクロアチア旅行でマイルがたまり、ANAの国内線をロハで利用できることにあいなりました。さてどこへ行こうかな。山ノ神と鳩首会議のすえ、「どうせなら航空運賃の高いところへ」という妥当かつせこい結論に落ち着き、そろそろ紅葉が盛りかなと期待できる札幌に行くことにしました。旅程は二泊三日、彼女が強く希望するモエレ沼公園を軸に計画をねり、次のような行程に決定。金曜日の夕刻に羽田から新千歳空港に飛び、札幌に宿泊。二日目はモエレ沼公園を見物して定山渓へ行き紅葉狩り、定山渓温泉に宿泊して三日目は朝一番で豊平峡を見て札幌へ戻り市内観光、そして帰郷。なにせ山ノ神というおにも、もといっ、大切な連れがいるので没義道なプランは立てられず、シンプルかつ足腰に負担のかからないものにしました。ま、行ってしまえばこっちのもんさ。持参した本は『バッハの思い出』(アンナ・マグダレーナ・バッハ 潮文庫)です。

 2010年10月中旬、山ノ神とは機内で待ち合わせです。ん? 何やら異な雰囲気、霊界アンテナがびんびんと反応しています。(それは寝ぐせだ) リクルート・スーツに身を包んだ若い善男善女のみなさんが集団で乗り込んでいました。どうやら企業の新規採用社員で、これから北海道で入社式か研修に参加する模様です。この就職難のなかで採用されたということは、大変な苦労をされたのでしょうね。それにしてもその言葉づかいの幼稚で品がないこと、「やべー」「うっそー」「ちょー…」「ださー」、坊ちゃんご成人、まるで修学旅行のようでした。まあ"大きなお世話だ、おまえの子でなし、親でなし"と言われたら返す言葉もありませんが。それにしても、傍若無人にはしゃぐみなさんを見ていて感じる、このざらざらとした違和感は何なのでしょう。以前にも紹介したのですが、オーデンの"Prologue:The Birth of Architecture"という詩を思い浮かべました。
私の鼻先30インチに
私の人格の前哨線がある
その間の未耕の空間は
それは私の内庭であり、直轄領である。
枕を共にする人と交わす
親しい眼差しで迎えない限り、
異邦人よ、
無断でそこを横切れば
銃はなくとも唾を吐きかけることはできるのだ。
 人格の前哨線がどろどろに溶けあったような親密に閉ざされた空間、そしてそこに属していない他の人格はまるで存在しないかのように無視される。私が感じる違和感とはそういうものです。車内において携帯電話で会話をしている人に対して感じる不快感も同様のものです。ま、幸兵衛の小言として聞き流してください。
by sabasaba13 | 2012-01-25 06:16 | 北海道 | Comments(0)
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