札幌・定山渓編(4):北海道大学(10.10)

 朝六時に目覚めカーテンを開けると見事な快晴、札幌を抱く山なみがきれいにうかびあがっています。本日はモエレ沼公園を訪れて定山渓へと移動しますが、実はこのホテルには無料の貸自転車があります。このサービスがあると早朝も夜も徘徊ができるのでほんとうに重宝します。
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 そこで朝飯前に、ホテルで自転車を借りキャンパスの案内地図をもらってすぐ近くにある北海道大学を彷徨することにしました。わずか数分で北大に到着、ほんとに素晴らしい景観ですね、いつ来ても惚れ惚れとします。広大な敷地とそこを埋めつくすような木々、フォトジェニックな並木道、散在する歴史的建造物、そして清冽な空気。こんな素敵な環境の大学に入学できたら…やはりススキノに入り浸るだろうな。ある建物には「祝 鈴木章名誉教授 ノーベル化学賞受賞 おめでとうございます」という垂れ幕がかかっていました。
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 フランス・ルネサンス風の瀟洒な洋館、古河記念講堂にはちょいとした謂われがあります。以下、北海道大学広報誌「リテラ・ポプリ」の「北大再発見 CAMPUS TOUR」というサイトから引用します。
 1906(明治39)年、古河鉱業は足尾銅山鉱毒事件判決後も社会の非難を浴びていました。また政府は日露戦争後の財政不足のため、各地で盛り上がる帝国大学昇格運動に対応できずにいました。そこで、内務大臣で同鉱業の顧問も務めていた原敬が古河虎之助に寄付を勧めます。古河は帝国大学創設費として百万円を政府に寄付。そのうち約14万円が北大の前身・東北帝国大学農科大学に分配されました。
 古河講堂はその時新・増築された8棟のうち現存する唯一の建物です。設計は茨木出身の文部技官・新山平四郎、施工は札幌の大工・新開新太郎が担当。建築面積127.5坪、総工費3万円余の建物は6ヶ月の工期を経て、1909年11月末に林学教室として誕生しました。
 へー、原敬がからんでいるのか。実は最近読んだハーバート・ノーマンの「日本政治の封建的背景」(全集第二巻 岩波書店)の中に、次のような一節がありました。「明治時代の秘密警察については、自由主義反対派の新聞雑誌に怒りをこめて書かれた論説や暴露記事を主として集めた不思議な歴史が編まれているが、そのなかに、普通に日本最初の平民宰相といわれる原敬が、若い頃に警察の密告者であったという短い記事が出ている。原敬は、密告者として新聞界を担当し、一時郵便報知新聞の記者として働いていたが、同輩が敵意と疑惑をもっていることを感じて、急にその新聞社を退社したのであった」(p.21) やはり一筋縄ではいかないお方だ。山県有朋と真っ向からやりあって、政党政治の基盤強化に尽力した政治家というイメージは彼のほんの一面なのですね。だから歴史って面白い。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-01-28 06:02 | 北海道 | Comments(0)
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