札幌・定山渓編(16):三岸好太郎美術館(10.10)

 それでは三岸好太郎美術館へ行きましょう。植物園から少し離れているので、タクシーを利用しました。緑にあふれる広々とした知事公館の一角にあるのが北海道立三岸好太郎美術館、 札幌出身でわずか31才で夭逝した洋画家三岸好太郎の作品249点を収蔵、そのうち約70点を展示している美術館です。
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 だいぶ体が冷えていたので、まずは館内にあるティールーム「きねずみ」で香り高い珈琲をいただきました。珈琲用ミルクのパッケージの蓋に越前大野城の紹介があったのにはびっくり。お城マニアが増えているのでしょうか。
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 それでは彼の絵を鑑賞しましょう。アンリ・ルソー風の素朴な画風から出発し、岸田劉生の東洋趣味への傾倒、中国旅行の体験を元にしたエキゾティズム、ジョルジュ・ルオー風のフォーヴィズム、前衛主義と目まぐるしく画風を変えていった彼の画業がよくわかる、充実した展示でした。私が一番気に行ったのは『飛ぶ蝶』、超現実的で詩情にあふれる静謐な絵にしばし見惚れました。なお彼の作品は、美術館公式ホームページのギャラリーで見ることができます。そして彼の生涯を紹介するコーナーを拝見、彼が晩年に力を入れて建設したアトリエの一部を模してこの美術館が作られていることがわかりました。なお美術館トイレの男女表示がなかなか洒落たものでした。
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 さて、この美術館の所蔵作品は、妻の三岸節子をはじめ遺族4名から北海道に寄贈されたものですが、そう、同じく画家である三岸節子のことを忘れるわけにはいきません。裕福な実家が破産して、油絵を勉強するために上京、そこで出会った貧乏画家・三岸好太郎と19歳で結婚します。やがて三人の子供を出産しますが、夫の奔放な女性関係と貧困に苦しみ疲れ果て、どちらかが死ぬしかないとまで思いつめ始めていた矢先に、名古屋から好太郎の死の知らせが届きます。その際に「ああ、これで私が生きていかれる」と思ったという凄絶なエピソードがあります。その後、紆余曲折がありますが、画家としての人生を全うし、1999年、94歳の生涯を閉じます。夫の作品を北海道に寄贈したのも、彼との関係に最終的な決着をつけるためだったのかもしれませんね。なお愛知県一宮に、三岸節子記念美術館がありますので、近くに行ったらぜひお立ち寄りを。
 そして知事公館の庭園を抜けて、大通公園へ。たしかこのあたりに、イサム・ノグチ作のユニークな滑り台「ブラック・スライド・マントラ」があったはずですが…見当たりません。雨も激しくなってきたので、探索を断念、市電に乗って地下鉄大通駅に戻りました。そして札幌駅へ、ホームには夜行列車「北斗星」が停車していました。
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 JR快速エアポートで新千歳空港に着くと、搭乗までまだ時間があります。山ノ神のお土産買いまくりツァーにつきあい、夕食をとることにしました。やはり北海道旅行の掉尾を飾るのは札幌ラーメンでしょう、当該の店に行ったところたいへんな行列ができています。生理的に行列が大嫌いなので、すいている「エアポート・ガーデン」というお店に入りました。注文したのは「厳選素材阿寒ポーク使用 十勝名物 豚丼」ですが、これがなかなかいける。旨味のある柔かい豚肉を醤油味で焙ってご飯に乗せたシンプルな一品ですが、あっという間にたいらげてしまいました。そして飛行機に搭乗して帰郷。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-02-09 06:21 | 北海道 | Comments(0)
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