青森錦秋編(4):野辺地(10.10)

 さあサバのフルコースもたいらげたし、そろそろ薬研渓谷へと移動しましょう。八戸駅12:16発のスーパー白鳥9号(函館行)に乗り込み、12:45に野辺地駅に到着。ここで大湊線に乗り換えますが、十五分ほどあるので、ちょいと駅前に出てみました。閑散とした広場の左手には、コンクリートの台座の上に寄棟屋根を頂いた電話ボックス、そして屋根の上にのぼる非常階段と、雪国三点セットが眼に入りました。彼らとの旧交を嘉し、ふと見ると「常夜燈」と刻まれた大きな石灯籠がありました。なになに、解説文を読むと、南部藩の要港・野辺地湊には多くの廻船が銅・海産・大豆などを搬出入し、その安全のために地元廻船問屋野村治三郎が建てた常夜燈のレプリカのようです。大学受験知識として詰め込んだ「東廻り海運」という言葉が脳裏をよぎりました。
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 灯台フリークの私としては実物を見に行きたいのですが、時間の関係上、断念いたしました。今、「野辺地町観光協会」のホームページを見たところ、1827(文政10)年に建てられたそうですから、かなり古い部類に入りますね。再訪を期しましょう。なお他にも、戊辰戦争の一環である野辺地戦争の戦死者墓所、日本最古の鉄道防雪林、スキー発祥の地碑といった、レアでしぶい物件があるそうです。えっそこのあなた、「スキー発祥の地は、1911年にオーストリア=ハンガリー帝国のレルヒ大佐が伝えてくれた上越市高田ではないの?」とおっしゃいますか。あまーい!(と野辺地観光協会の方は諭されるでしょう) 実はそれをさかのぼること七年前、1904(明治37)年に、野辺地の豪商野村治三郎が外国の雑誌でスキーのことを知り、東京の丸善を通じてスキーを試作させ、自らも滑っているのですね。というわけでスキー発祥の地は、ここ野辺地です。
 それはさておき、13:00発の大湊線大湊行きの列車に乗り込み、13:56に下北駅に到着。そういえば、この地は数年前に下北・津軽を経巡って以来だなあ。そして14:05発の路線バス、むつ線大畑行きに乗り換え、大畑に14:50に到着しました。ここで宿の車が待っているはずなんだが…うろうろきょろきょろ…あっいらっしゃいました。バンを運転した気さくな女将がお出迎えです。さっそく乗り込んで今年の紅葉の様子を訊くと、猛暑のせいか、紅葉せずに落ちてしまう葉が多く例年にくらべてあまり綺麗ではないとのこと。山中に入っていくと、たしかに紅蓮の紅葉とはお世辞にも言えません。やれやれこれも日頃の不信心の故か、いたしかたない。

 本日の一枚は、下北駅前からの眺めです。
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by sabasaba13 | 2012-02-16 06:19 | 東北 | Comments(0)
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