「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」

 「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」(若宮健 祥伝社新書226)読了。村上春樹氏の『1Q84』(新潮社)のBOOK3に次のような言葉があるそうです。"(大麻が)依存症になるから危険だと司法当局は主張しているけど、ほとんどこじつけだね。そんなこと言ったらパチンコのほうがよほど危険だ" 著者はパチンコ依存症の問題に対して警鐘を鳴らし続けるジャーナリストですが、その氏による衝撃的なリポートです。寡聞にして知らなかったのですが、韓国では社会に害をあたえるとして2006年にパチンコを全廃し、今は跡形もないそうです。著者のことばを引用します。
 韓国がパチンコを禁止したことを、日本では筆者が初めてリポートしたが、それを報道した日本のマスコミはない。その上、韓国以上に被害が大きい日本で、なぜ違法な状態のままでパチンコが長年放置され続けているのか、素朴な疑問が深まるばかりである。
 なぜ韓国がパチンコを禁止できたかを検証したくて、その後、何度も韓国を訪れた。その度に浮かび上がってくるのは、韓国と比較して救いようのない日本の現状である。パチンコの問題に、この国の政治、行政、マスコミの実態が凝縮されている。
 なぜ韓国はパチンコを廃止でき、日本ではできないのか。この問題を、日本人も真摯に受け止める必要がある。(表紙裏)
 実は私、幸か不幸か(幸だろうなあ)パチンコをはじめ賭博にまったく関心がありません。最後にパチンコをしたのはたしか三十年ほど前の大学生の頃、最後にパチンコ屋に入ったのはトイレを借りた二年ほど前です。よって"パチンコ依存症"という言葉は知っていたのですが、その恐るべき現状については無知でした。本書を読んでその一端を理解することができたのも大きな収穫です。
 さて、日本からもたらされたパチンコによる事件や事故、実害が韓国で多発するようになり社会問題となっていました。家庭の崩壊、自殺、窃盗… そして業界団体から政治家が賄賂を受け取ったという事件をきっかけに、メディアと市民が一体となってパチンコ廃止運動を展開することになります。これに行政・政治家・裁判所も動きを合わせ、2006年に完全廃止となったそうです。同年8月23日の『朝鮮日報』の社説を引用しましょう。
 統計によると、ゲームセンター利用者の42.7%が、月収200万ウォン(約20万円)以下の低所得者だ。現政権は、人生に疲れた無力な庶民に働き口や働きがい、貯蓄の喜びを提供する代わりに、ギャンブルという麻薬を与えた。賭博は常に財産や人生を台無しにする大多数と、その多数の犠牲による利益を得る少数の人たちとの関係で成り立っている。(p.42)
 それに対して日本におけるパチンコの現状はどうなのか。あっと思ったのは、昭和30年代のパチンコ屋では換金はできず、なにより椅子がなかったのですね。子ども心で覚えています。行政が労働意欲の低下につながるという理由で椅子を許可しなかったとのことです。そうした歯止めが崩れ、今では違法であるにもかかわらず換金行為が公然と横行し、ハイテク技術を駆使した賭博性の高い機械があふれ、店内にATMがあるのは当たり前、五万円の軍資金がなければ落着いて打てない状況になっているそうです。さらにコンピューターによる顔認証システムも導入されるケースもあるそうです。入店した客の顔を検知してデータベース化して、出玉を調整するのだそうです。また「一円パチンコ」も流行しているそうですが、これも依存症の主婦をターゲットにすると同時に、税金対策の可能性もあるそうです。いやはや。そして筆者の推定によると、パチンコ依存症の人は100万人を越え、巻き添えになっている家族を含めるとその被害者は300万人を越えるとされています。またパチンコは年金生活者と主婦といった社会的弱者をターゲットにしていると指摘されています。筆者が紹介した、あるネットへの書き込みです。
 俺さ、パチンコ屋で働いているのよ。お客さんの中にさ、負けても負けても、毎日通ってくるオバちゃんがいたのね。結構性格のいい人でさあ、たまに勝った時とかジュースくれたりするんだ。でもオバちゃんの持ち物が、だんだん安物になっていくんだわ。それで、今まで五万円とか打っていたのに、だんだん使う金も少なくなっていって… それでも、ほぼ毎日来てたよ。んで、ある日、「今日はあのオバちゃんこないねえ」って言ってたら、次の日、隣町のパチンコ屋のトイレで首つってたよ。オバちゃんはパチンコ屋に殺されたっていうか、パチンコが止められずに死んだんだな。俺はその後、一ヵ月ぐらいでパチ屋辞めた。負ける奴で成り立つ商売やってて、平気でいられなくなったわけさ。悪いこといわねぇから、遊びを超えてパチンコにのめり込むなよ…。(p.85)
 それではなぜ日本では、パチンコ全廃の動きがまったく起こらないのか。筆者は、まず警察とパチンコ業界の癒着をあげられています。警察庁の外郭団体である保通協(財団法人保安電子通信技術協会)という組織が警察幹部の天下り先となっており、パチンコ機の試験・検査を通して業界を牛耳っているそうです。また各パチンコ店も警察官の天下り先になっているそうです。さらにパチンコ店を管轄する各警察署の生活安全課にも、飲み食いや海外旅行の接待など大きな利得があるとのこと。そしてパチンコ業界を擁護する国会議員の存在。パチンコ業者数十社から構成される「パチンコチェーンストア協会」のアドバイザーには国会議員が名を連ねています。さっそく同協会のホームページで確認したところ、2011年2月18日現在、民主党37名、自民党11名、公明党3名、無所属2名、計53名がすぐわかりました。(投票の際の参考にどうぞ) おそらく多額の献金を受け取って、パチンコ業界の用心棒としてご活躍されているのでしょう。さらにパチンコ業界は、売り上げ向上には大して効果が見込まれないにもかかわらず、新聞広告やテレビCMに大金をかけています。これはメディアの口を封じ込めるためだと若宮氏は推測されています。
 こうして比べると、韓国においては、意識の高いメディアとそれを支える市民、民意に敏感に反応する議会と行政がパチンコを全廃に追い込んだと考えられます。みんなで力を合わせて、一歩一歩社会を良いものにつくりかえていく、つまりある程度民主主義が健全に機能しているということでしょうか。以前に拙ブログで紹介した「ハンギョレ新聞」の創刊時の編集局長だった成裕普[ソンユポ]氏の言葉をもう一度くりかえします。
 当たり前ですよ。われわれ韓国人は、あのひどい軍政時代に市民が血を流して闘い、自らの力で民主主義を獲得しました。だからわれわれは自信を持っています。日本の歴史で、市民が自分の力で政権を覆したことが一度でもありますか。
 もうこれはパチンコだけの話ではないですね。われわれの命と暮らしを脅かすもの(核[原子力]発電、自然災害、米軍、貧困…)に対して、みんなで力を合わせて立ち向かっていく、つまり民主主義をこの手に獲得することが喫緊の課題だと思います。
 なお韓国市民の意識の高さを称揚されるのは同感ですが、その指標として日韓の経済成長率の差をとりあげているのはいかがなものかと疑念をもちます。自然環境と人々の暮らしに負荷を与える経済成長礼賛の姿勢から一刻も早く脱却すべきだと思います。「原発の建設受注でも、日本が韓国に負けるという事態があった」という指摘は、何をか言わんや、ですね。
by sabasaba13 | 2012-03-01 06:23 | | Comments(0)
<< 「一人の声が世界を変えた!」 言葉の花綵67 >>