「一人の声が世界を変えた!」

 「一人の声が世界を変えた!」(伊藤千尋 新日本出版社)読了。ほんとうに素晴らしい本に出会えました。著者の伊藤氏は、朝日新聞の記者として世界68ヵ国を駆け巡り、人々の力によって歴史が変わる瞬間を幾度も目撃された方です。そしてそうした社会変革の歴史にはいつでも一人一人の「この世界を変えたい」という意志と行動があったという思いを、臨場感とリアリティにあふれる筆致で熱く伝えてくれる好著です。目次を転載しましょう。

第1章 変化したアメリカ(9・11の衝撃から 市民の復元力)
第2章 自立するラテンアメリカ(平和の夢を行動で実現する国‐コスタリカ/崇高な抵抗‐チリ/ノーベル平和賞候補のスラム‐ペルー)
第3章 個人が闘うアジア(自立した人々‐ベトナム/行動する良心が体制を変えた‐韓国/拡大するピープルパワー‐フィリピン)
第4章 未来を築くヨーロッパ(30万人のVサイン‐チェコ/市街戦の中で‐ルーマニア)
第5章 これからの世界

 冒頭、著者は次のような苦言を呈しておられます。"これまで全国各地で年間100回にわたる講演をしてきたが、会場からよく質問されるのは、「これからの日本はどうなるのか?」という問いだ。どうなるのか、ではない。どうするか、こそ問われるべきだ。(p.5)" これは耳が痛い… 私もついついそのような発想をしてしまいます。竹内好氏言うところの、自分の頭で考えようとしない"ドレイ根性"の為せる技ですね。"優等生"が何とかしてくれる/に何とかしてほしい、という心性です。これに対して氏は、実際にその目で見てきた、世界を変えるために勇気をもって行動した市民たちの姿を教えてくれます。例えば、ピノチェト軍事独裁政権下のチリで開かれたローマ法王歓迎集会で、代表としてマイクに向かった青年が、しばらく黙ってうつむいたあと、キッと顔を上げて必死の表情でこう語ったそうです。「法王様、僕がいま読もうとしているあなたへの歓迎の辞は、あらかじめ政府が検閲したものです。これをそのまま述べることは、嘘を語ることです。チリ国民を裏切ることです。僕はチリの真実を語りたい。いまのチリには様々な問題があり、若者たちは苦しみ恐れています。国民は虐待されています」。(p.80)
 またチャウシェスクを打倒したルーマニア革命のきっかけは、ある集会である男性がチャウシェスクに投げつけた"人殺し"という一言だったそうです。彼はこう語っています。
 そう思ったときに彼は決心した。誰も言わないなら自分で言おう、と。この集会は絶好の機会だ。独裁者が演説するときに一言反撃しようと心に決めた。逮捕されるのは覚悟の上である。その先に拷問、処刑が待っているかもしれない。でも誰かがやらなくてはいけない。(p.205)
 また氏のルポルタージュを通して、過去と現在の世界を考え、未来のより良い世界を構想するきっかけもたくさんいただきました。例えば、日本と同様に非武装を憲法で規定しているコスタリカ。実際に非武装中立を国是としているのか、あるいは米軍との関係はどうなのか、私には知識がありませんのでコメントはできませんが、その外交姿勢には大いに学ぶところがあります。その根幹にあるのは「平和の輸出」、つまり"隣の国が戦争をしていれば、いつかは火の粉が自分の国に降りかかる。自国を平和に保ちたいなら、隣の国の戦争を終わらせることが必要だ"という発想です。周辺諸国における紛争の平和的解決に尽力し、武器の売買の禁止などを国際社会に呼びかけ、隣国ニカラグアの女性の識字教育に力に入れ平和の礎を築こうとする。コスタリカのリーダーたちが伊藤氏にこう語ったそうです。
 「軍服を着て外国に乗り込めば、意図の良しあしにかかわらず、現地の人々からは必ず嫌われる。国が貧しくて兵士を送ることでしか貢献できないという途上国もあるが、日本は豊かな国だ。平和な貢献ができるではないか」(p.50)

 「日本は大国だから中立宣言はできないという意見があるが、私はそうは思わない。国の大きさが中立宣言のマイナス要因となるのだろうか。日本は唯一の原爆の被害国だ。日本が中立宣言することによって、理想を他の国に広めることができる。日本が音頭をとってアジアに人権裁判所を作るなど、アジアに人権を輸出してはどうだろうか」(p.54)
 そして"テロリスト"が生まれ続けるペルーやフィリピンにおけるルポ。ゲリラとなって"テロ"活動を行う人たちは取材に対してこう答えています。「クビをくくるか、ゲリラになるしかない」(p.91)、「農地改革を求めた仲間は政府軍から殺された。話し合いを求めたら発砲された。武器をもつしかなかった」(p.91)、「わが国(※フィリピン)は本来、アジアでも有数な富める国だった。なのに国民は栄養失調に苦しみ、動物のように虐待され、女性は娼婦となって日本に行く。我々には貧困の中で死ぬか、権利を求めて立ち上がるか、二つに一つしか残されていない。合法活動が不可能になれば、山に登るだけだ(※ゲリラとなって戦う)」(p.164)。伊藤氏は、"テロリスト"が再生産され続ける原因を、貧困と不平等にみちた不公正な社会に求めておられます。金持ちの利益しか代弁しない政府が、彼らに武器を取らせる、ゲリラは政府が作り出す。氏の言葉です。
 テロを非難するのはたやすい。しかし、テロをなくしたければ、なぜテロが起きるのかを知るべきだ。神父が銃を取らざるをえないほどの中南米のひどい現実を知らずして、ゲリラを気軽にテロリストと呼ぶべきではない。民衆のやむをえぬ抵抗をテロの一言で片付ける姿勢からは、平和は生まれない。(p.91)
 そしてベトナム。これは初めて知り驚いた事実なのですが、ベトナム戦争の最中、1972年12月の12日間にわたってアメリカ軍は首都ハノイを空爆しました。8万トンの爆弾が落とされたのですが、市民の犠牲者は1318人。1945年3月10日の東京大空襲では、一晩で10万人が殺されましたが、その爆弾は1700トン。目を疑いましたが、いったいこの違いはなぜなのか? それは防空壕の違いです。ハノイの防空壕は、軍と市民が総出でトンネルのように深く掘られていたのです。これに対して日本の防空壕の多くは役に立たず、用をなしたのは皇居と陸軍本営だけだったと言われます。つまり、ベトナムと日本では、守るべき対象が違ったのですね。ベトナムは国をあげて国民を守ろうとした。しかし、アジア太平洋戦争当時の日本が守ろうとしたのは皇居と陸軍だけだった…(p.125~7) 愕然とする話ですが、日本の現状はそこから多少なりとも進歩したのでしょうか。もし相も変わらず、いまだに国民を犠牲にして指導者たちだけが生き残りを図るような国であるのなら…誰が愛国心など持つでしょう。

 そしてねばり強く、より良い世界を求めて行動し続ける方々のルポにも勇気づけられます。新自由主義に背を向け、貧しい者が助け合って自立して生きようとする共同体、ペルーのビジャ・エルサルバドル(救世主の町)の紹介。(p.96) フェア・トレードを通じて、フィリピンの農民を支える日本ネグロス・キャンペーン委員会。(p.171) 経済大国だけが世界経済を牛耳ることに反対し、WTO(世界貿易機関)の世界会議でも途上国の立場を代弁して先進国に対抗し、スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラムに対抗する世界社会フォーラムのため、第1回の開催地にポルトアレグレを提供したブラジルのリラ大統領。(p.217)

 なかなかメディアが伝えてくれない、世界の生の声を生き生きと伝えてくれる、そして現在と未来の世界について考える貴重なヒントをたくさん提示してくれる好著、お薦めです。なお本書の中で汗顔するほどにいちばん心に残った言葉を最後に紹介します。「ハンギョレ新聞」の創刊時の編集局長だった成裕普[ソンユポ]氏の言葉です。
 当たり前ですよ。われわれ韓国人は、あのひどい軍政時代に市民が血を流して闘い、自らの力で民主主義を獲得しました。だからわれわれは自信を持っています。日本の歴史で、市民が自分の力で政権を覆したことが一度でもありますか。(p.149)

by sabasaba13 | 2012-03-02 06:15 | | Comments(0)
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