「GO」

 「GO」(金城一紀 角川文庫)読了。いやあ愉快痛快、これほど快適なリズムでぐんぐんぐんぐんと前に進んでいく小説にはなかなかお目にかかれるものではありません。まるでウィントン・ケリー(p)+ポール・チェンバース(d)+ジミー・コブ(ds)トリオの演奏のよう。それに加えて、nationalismというとてつもなく大きな問題にも果敢に挑み、しかも読後感は爽快という、希有な小説です。以下、ウィキペディアよりあらすじを引用します。
 在日韓国人の杉原は、日本の普通高校に通う3年生。父親に叩き込まれたボクシングで、ヤクザの息子の加藤や朝鮮学校時代の悪友たちとケンカや悪さに明け暮れる日々を送っている。朝鮮学校時代は「民族学校開校以来のばか」と言われ、社会のクズとして警察にも煙たがれる存在だった。ある日、杉原は加藤の開いたパーティで桜井という風変わりな少女と出会い、ぎこちないデートを重ねながら少しずつお互いの気持ちを近づけていく。そんな時、唯一の尊敬できる友人であったジョンイル(正一)が、些細な誤解から日本人高校生に刺されて命を落とす。親友を失ったショックに愕然としながらも、同胞の敵討ちに向かう仲間には賛同できない杉原は桜井に救いを求め、勇気を振り絞って自分が在日であることを告白するが…
 「在日」への差別や侮蔑、nationalityという堅く厚い壁、末来に対する不安、反発、怒り、怯え、悲しみ、その中で肩で風を切ってふてぶてしく生きようとする杉原。彼の思いは次の一文に凝縮されていると思います。
 「別にいいよ、おまえらが俺のことを《在日》って呼びたきゃそう呼べよ。おまえら、俺が恐いんだろ? 何かに分類して、名前をつけなきゃ安心できないんだろ? でも、俺は認めねえぞ。俺はな、《ライオン》みたいなもんなんだよ。《ライオン》は自分のことを《ライオン》だなんて思ってねえんだ。おまえらが勝手に名前をつけて、《ライオン》のことを知った気になってるだけなんだ。それで調子に乗って、名前を呼びながら近づいてきてみろよ、おまえらの頸動脈に飛びついて、?み殺してやるからな。分かってんのかよ、おまえら、俺を《在日》って呼び続けるかぎり、いつまでも?み殺される側なんだぞ。悔しくねえのかよ。言っとくけどな、俺は《在日》でも、韓国人でも、朝鮮人でも、モンゴロイドでもねえんだ。俺を狭いところに押し込めるのはやめてくれ。俺は俺なんだ。いや、俺は俺であることも嫌なんだよ。俺は俺であることからも解放されたいんだ。俺は俺であることを忘れさせてくれるものを探して、どこにでも行ってやるぞ。この国にそれがなけりゃ、おまえらの望みこの国から出てってやるよ。おまえらにはそんなことはできねえだろ? おまえらは国家とか土地とか肩書きとか因襲とか伝統とか文化とかに縛られたまま、死んでいくんだ。ざまあみろ。俺はそんなものは初めから持ってねえから、どこにだって行けるぞ。いつだって行けるぞ。悔しくねえのかよ…。ちくしょう、俺はなんでこんなこと言ってんだ? ちくしょう、ちくしょう…」 (p.232)
 またボクサーである彼の親父さんが、いいバイ・プレーヤーとして小説全体をピリリと引き締めています。息子の自由を尊重しながらも、時には寸鉄の言葉で戒める、かっこいい親父さんです。「アウト・ボクシングは客には受けないんだよ。金が必要だったからな。何かを得るためには、何かを失くさなきゃならない」(p.59)などという粋な科白は、思わずメモしてしまいました。彼と杉原が殴り合うシーンはこの小説のクライマックスです。
 「僕が入学した高校は都内にある私立の男子高で、偏差値が卵の白身部分のカロリー数ぐらいしかない学校だった。(p.23)」「親父が盤面から顔を上げた。夏休み初日の小学生みたいにキラキラとした瞳で微笑んでいた。(p.111)」といった洒落たレトリックもお見逃しなく。
 それでは、私が気に入った言葉をいくつか紹介しましょう。
 わたしって、給食って大嫌いだった。全校生徒が、同じ時間に同じものを食べてるのって、なんだか恐いような気がしない? (p.45)

 「独りで黙々と小説を読んでる人間は、集会に集まってる百人の人間に匹敵する力を持っている…そういう人間が増えたら、世界はよくなる」 (p.75)

 「そもそも、国籍なんてマンションの賃貸契約書みたいなもんだよ。そのマンションが嫌になったら、解約して出て行けばいい」 (p.89)

 「おまえ、喧嘩にナイフを使うってことは、自分もナイフでえぐられてもいいってことだぞ」 (p.136)

 「『外国人登録証明書』、持ってる?」 日本には外国人登録法という、『日本に在留する外国人』を管理するための法律がある。管理というと一応聞こえがいいのだが、要するに、「外国人は悪いことをするから、首に首輪をつけとこう」という発想の法律だ。(p.183)

 根拠? そんなものは必要ない。思うことが大事なのだ。きっと。(p.204)

 「俺が国籍を変えないのは、もうこれ以上、国なんてものに新しく組み込まれたり、取り込まれたり、締めつけられたりされるのが嫌だからだ。もうこれ以上、大きなものに帰属してる、なんて感覚を抱えながら生きてくのは、まっぴらごめんなんだよ。たとえそれが、県人会みたいなもんでもな」 (p.218)

 「ノ・ソイ・コレアーノ、ニ・ソイ・ハポネス、ジョ・ソイ・デサライガード(俺は朝鮮人でも、日本人でもない、ただの根無し草だ)」 (p.219)

 なお、桜井がホレス・パーランの「アス・スリー」というアルバムがカッコイイと杉原に紹介する場面があったのでさっそく購入。うん、たしかに。でもラムゼイ・ルイスの「ジ・イン・クラウド」もいけますよ。
by sabasaba13 | 2012-03-19 06:18 | | Comments(0)
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