「谷中村滅亡史」

 「谷中村滅亡史」(荒畑寒村 岩波文庫)読了。ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマと、並べて言及するケースを時々見かけます。核による甚大な被害を受けた三つの地域を記憶に留めようということでしょうか、もちろん異論はありません。ただ前二者はアメリカによる確信犯的行為、福島は政治家・官僚・財界・学者・メディア・司法による未必の故意(ほんとに安全だったら大都市近郊に建てますよね)、いわば共同正犯的行為であるという違いは忘れないようにしましょう。それはともかく、ヤナカ、ミナマタ、そしてフクシマという流れも見過ごせないことに思い至りました。そう、官僚と財界が共謀して利権を追求した結果、その犠牲とされた地域です。あらためて思うに、谷中村が亡ぼされた後、なぜ水俣の悲劇を防げなかったのか。また水俣病が発生した後、なぜ福島の悲劇を防げなかったのか。いろいろと理由はあるでしょうが、やはり官僚と財界(そして政治家)の責任が有耶無耶にされたことが大きいと思います。ということは、今回の事故についても、過去にさかのぼってきっちり落とし前をつけさせないと、また次の深淵が私たちを待ちうけているということです。もういいかげん、高橋哲哉氏の提言された「犠牲のシステム」、或る者(たち)の利益が、他のもの(たち)の生活(生命、健康、日常、財産、尊厳、希望等々)を犠牲にして生み出され、維持されるシステムから脱却しませんか。というわけで、日本の近現代を貫く「犠牲のシステム」の原点である谷中村、足尾銅山、そして田中正造に関係する史跡を再訪することにしました。おおそういえば、荒畑寒村の「谷中村滅亡史」が書棚で眠ったままだった。まずはこの本を読むことにしましょう。まずは、『日本史辞典』(岩波書店)から、彼についての紹介を引用します。
荒畑寒村 (1887‐1981) 社会主義者。横浜生れ。本名勝三。1903年幸徳秋水・堺利彦の非戦論に感激、社会主義者となる。07年「谷中村滅亡史」を著す。管野スガと同棲、直接行動派として08年赤旗事件で入獄。12年大杉栄と「近代思想」を創刊、文学の社会化とサンディカリスムの方向を模索する。20年日本社会主義同盟の創立に参加、マルクス主義に転じ、22年の日本共産党創立では書記となり、コミンテルンに党創設を報告。党解体に反対するも、再建後の党には参加せず、労農派として活動する。37年人民戦線事件で検挙。戦後は労働組合運動の再建に努め、最晩年まで反骨の社会批評を続けた。
 戦前、戦後を通じて活躍した、日本社会主義運動の草分け的存在ですね。本書は、田中正造から足尾鉱毒事件を世に訴えるために是非書いてほしいと依頼され、1907(明治40)年、土地収用法によって谷中村が強制的に破壊されるという事態に接して、一気に書き上げたドキュメンタリーです。なお足尾鉱毒事件についても、『日本史辞典』(岩波書店)から引用します。
 足尾銅山からたれ流された鉱毒が渡良瀬川沿岸の農地等を汚染した事件。田中正造を指導者とする被害農民は政府に鉱業の停止を求めて東京への大挙<押出し>(請願運動)を図るなど、強力な反対運動を展開した。日本の<公害の原点>と称される。社会問題化したのは産業資本の生成発展期にあたる1890年頃から1907年頃までの間で、政府による鉱毒問題の治水問題への転換、谷中村の強制破壊によって歴史的には抹殺された。だが被害はその後も続き、今なお足尾には禿山、下流には広大な遊水池を残している。
 なおこの事件の背景について、巻末で鎌田慧氏が指摘されているのは、政治家・官僚・財界の癒着関係です。「強制土地収用公告」を発した西園寺公望内閣の内務大臣は、原敬(のちに首相)であり、彼は一年前まで、足尾銅山を経営する「古河鉱業会社」の副社長でした。原敬が古河と結びついたのは、陸奥宗光外相の推挽によってであり、原の栄達は陸奥宗光の栄達とともにありました。陸奥宗光と古河市兵衛とは、陸奥の次男である潤吉が、古河家の養子となっている閨閥の関係です。潤吉は1905年、市兵衛の死後二年目に、36歳で社長に就任しますが、社長業わずか九カ月にして病死、そのあとを未成年だった古河虎之助が引き継ぎます。虎之助はまもなく、西郷従道海軍大臣の娘と結婚、軍との癒着も形成されました。またこの事件の時の鉱山保安局長であった南挺三は、足尾銅山の鉱長に天下りをしています。こうした利益供与・天下り・閨閥が絡み合った政官財の三つ巴の癒着構造が谷中村の人々に犠牲を強い、そしてその後も再生産され続け、水俣・福島の人々塗炭の苦しみを舐めさせているのですね。
 これに対する寒村の舌鋒の鋭さには、心胆を震え上がらせるものがあります。民衆の福利を尊重せず、ひたすら企業の利益のみを庇護する日本国家、それに対して彼が叩きつける「厚顔無恥・冷血無情・横暴不義・残忍酷薄・邪計奸策・悪逆・暴戻・怪物・虐待・酷遇・詐瞞」といった言葉には恐ろしいほどのリアリティと、私たちを発奮させる力があります。「言い過ぎ」だと思われる方がいたら、本書、田中正造の言葉(『田中正造文集』岩波文庫)、この事件に関する研究書をぜひご一読ください。そして痛感するのは真っ当で誠実なジャーナリストの必要性です。毒性ガスが発生したら敏感に察し鳴き騒ぐ炭坑のカナリア、それこそが彼らの使命ではないでしょうか。(寒村は猛禽類の如く咆哮しましたが) 今回の原発事故で一例を挙げると、放射能汚染の危険を出来うる限り楽観視して、最も被害が懸念される子どもたちへの対策をまともに講じようとしない政府・官僚・政治家。なぜ、寒村の1/100でもいいから、「残忍酷薄」と、熱と力のある言葉で批判しないのでしょうか。このまま放置しておいたら、田中正造曰く、「日本が五つ六つあっても足らんことに」なりますよ、いや冗談ではなく。将来(数年後?)、外国のジャーナリストによって「日本国滅亡史」が書かれるような羽目に陥らないためにも、寒村の咆哮に耳を傾け、立ち上がりませんか。愚かなる鸚鵡や豚にならぬためにも。
 試みに従来の事迹を案じ来らんか、政府当局者が、毫も民衆の利福を尊重せず、渡良瀬沿岸の惨状を雲烟過眼視し、当然の職務を懈怠して、ひたすら鉱業者一個の私利私福をのみ庇護保全せる事は、けだし火を見るよりも明白なる事実なり。 (p.41)

 免租は政府が苟安(こうあん)処分に過ぎざりき。而してその結果はかえつて国民の権利を削れり、地方の自治を破れり。而して鉱毒の浸潤によりて、不毛の死地と化せる渺茫たる田野、産を失ひ業を奪はれて、しかも訴ふるに処なく、空しく昊天(こうてん)に号泣しつゝある幾万の男女は、毫もこれに依て利するところあらざりしなり。(p.59)

 しかるに彼れ古河市兵衛は、独り宏壮なる邸宅を構へ、巨万の富を擁して、日夜酒食に耽溺し、また自己が所営の銅山を去ること二十里、千里の沃野むなしく蕭条たる毒原と化し、鶏犬の声絶へて白葦黄茅徒らに茂く、凍餓に苦しめる人民三十万、訴ふるに処なくして、昊天(こうてん)に向つて慟哭しつゝあるをも知らざる如く、而して当路の有司、また毫も被害民が哀叫に耳を藉(か)さず。田中正造氏が議会における痛憤の怒号も、人民が病躯を駆つて哀訴する苦衷も、遂に彼らが一顧だに値せざりしなり。あゝ愚かなるかな彼らや、彼らは実に噴火山頂、長夜の宴を張れる痴人たりしなり。(p.60)

 あゝ厚顔無恥、冷血無情なるものよ、汝の名は日本政府なり。
 政府が奸計の凡てを挙げて、無智無力の農民を残害したる罪悪は、吾人以下更に大にこれを摘記せん。(p.72)

 今後春秋、風荒れ雨来りて、破れし堤防より洪水随意に浸入するとも、そは最早日本官憲の顧みる所にあらざるなり。故に谷中村の滅亡は、決して一個の事件にあらずして、実に多年の宿願たりし鉱毒問題の埋葬を意味す。即ち社会の公益を犠牲にして、国民の膏血に私腹を肥やす、資本家政治の凱歌を意味す。あゝ明治の聖代に生れたる、弱者貧者はいかに禍なるかな。(p.74)

 あゝ、かく筆を執れる間にも、わが心は悲憤の炎ほに燃ゆ。あゝ愚かなるかな、五千万の鸚鵡と豚よ、爾(なんじ)が戴ける政府、国家とは、実にかくの如き暴戻、悪虐、残忍、冷酷なるものなるを知らざる乎。爾が何ものにも勝りて尊崇せる、政府、国家とは、人民の膏血に腹を肥し、その権利を蹂躙し、その財産を掠奪し、法律の暴力を藉り来つて、人民をその墳墓の地より追ふものなるを知らざる乎。あゝ爾が崇拝せる国家の本体とは、法律てふ爪と、政府てふ牙を有して、軍隊、警察等の保護の下に、力弱き人類を取り喰ふ怪物なるを知らざる乎。(p.112)

 これこの煩悶苦悩こそ、遂に資本家と、政府とをして、谷中村を以て瀦水池となし、一時これに依て、激流奔騰し来る洪水を緩和し、以て近隣に害を及ばさゞらしめ、而して数十年来の宿題たる、鉱毒問題てふ大罪悪の記憶を、全く世人の耳朶眼底より、除き去らしめんと企つるに至れるなり。
 而してそのこれを企てしものに至つては、吾人これを古河市兵衛と、陸奥宗光なりと断言するを憚からず。かくして朝にありては歴代の内閣諸大臣、野にありては歴任の県知事、陸奥の権力と古河の金力とに叩頭服従して、以て彼らが組織的罪悪を扶けしなり。請ふ、吾人をして余りに牽強付会の説を逞しうする者となすなかれ。虚心平気、この数十年間における、鉱毒問題及び谷中村問題を思惟し来れば、これが背後に潜める、政府、資本家らの罪悪的大勢力は、瞭々火よりも明かなる事実として、爾の面前に躍動し来らんなり。(p.159)

 而して揚言して曰く、東洋の君子国と。咄、厚顔無恥なるものよ、爾の名は日本国なり。(p.162)

 明治政府悪政の紀念日は来れり、天地の歴史に刻んで、永久に記憶すべき政府暴虐の日は来れり。準備あり組織ある資本家と政府との、共謀的罪悪を埋没せんがために、国法の名に依て公行されし罪悪の日は来れり。あゝ、記憶せよ万邦の民、明治四十年六月二十九日は、これ日本政府が谷中村を滅ぼせし日なるを。正義と人道との光り地に堕ちて、悪魔の凱歌は南の極みより、北の涯にまでわたる。あゝ国家よ、政府よ、皇室の尊厳よ、国威の発揚よ、かくの如き迷信と、罪悪と、虚栄と、偽善とを擁して、平民階級てふ噴火山頂に眠れる痴人よ。爾が狂歌乱舞の足どりの下には、革命の猛火炎々として、既に地の極より地の極にまで及べるを知らざる乎。(p.164)

 政府の谷中村を買収せんとするや、堂々たる憲法治下において、明々白々たる法律の明文に依るなく、敢てあるひは陰険邪悪なる奸計を弄し、正義を無視し人道を蹂躙し、権力と金力とを擁して、横暴不義、残忍酷薄なる手段を廻らし、虐待、凌辱、酷遇、詐瞞、邪計奸策の限りを尽して、以て可憐無告の村民をして、塗炭の苦に疾ましむ。(p.176)

by sabasaba13 | 2012-05-06 07:22 | | Comments(0)
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