シェエラザード

 わが敬愛する広上淳一氏が、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」を振るという、身の震えるような嬉しい情報を手に入れました。あの魅惑的な旋律に満ちたダイナミックな曲を、音楽性が肉体と化して指揮台の上で跳躍する広上氏が振るとどうなるか…もう想像しただけで身悶えがしてきます。オーケストラは読売日本交響楽団ですが、実はこのオケの演奏を聴くのははじめてです。官僚・自民党・財界の走狗、「社会の木鐸」「炭坑のカナリア」としての責務を放棄した天下無双の御用新聞、読売新聞の傘下組織ということで、これまであえて足と耳を向けませんでした。でも仕方ありませんね、広上氏のタクトを堪能するため我慢しましょう。
 開演は午後七時、会場は東京オペラシティコンサートホール…ということは、オペラシティ53階の「つな八」で美味しい天ぷらが食えるぞ天ぷらが食えるぞ食える食える食えるぞ天ぷらが食えるぞ。午後六時に店の前で山ノ神と待ち合わせ、さっそく入店して「黒潮」を注文しました。小海老、茄子、きす、蛤の姿揚げ、帆立、かき揚げの天丼、クリスプなころもに歯を入れると閉じ込められていた旨みが口の中へとあふれだし味覚中枢をくすぐります。穴子の酢の物や、トマト味の大根おろしなど、夏向きの小技も光りますね。そしてあらかじめ開演時間を確認し、その二十分前には配膳を終らせてくれるという芸の細かさ。53階ということで眺望も抜群、いやあ満喫いたしました、贔屓にさせていただきます。
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 そしておもむろにコンサートホールに入り、まずは武満徹の記念プレートを表敬訪問。彼が東京オペラシティビルの芸術顧問をしていたので、このホールはタケミツ・メモリアルとも呼ばれています。「できれば、鯨のように優雅で頑健な肉体をもち、西も東もない海を泳ぎたい」という彼の味わい深い言葉が記されていました。そして着席、いよいよ演奏の開始です。まずは武満徹の「トゥイル・バイ・トワイライト」、パンフレットンによると「薄明のあや織り」という意味で、作曲者は音楽的な素材が形を取る前の姿-旋律以前、リズム以前の状態-を音として表現し、それを織物のような形で編み上げていったと語っているそうです。ただその意図をアナリーゼする能力はまったくありませんので、ひたすらホールに響き渡る音に身と心をひたらせるだけ。無心に音楽に己を委ねるのもいいものです。次の曲はベラ・バルトークの「ヴィオラ協奏曲」(ピーター・バルトーク版)。彼がアメリカに亡命し困窮と病魔に苛まれていた時期に、ヴィオラの名手プリムローズによって委嘱された作品です。残念ながらヴィオラのパートしか完成せず、ピアノ譜に記されていた簡単な楽器の指示をもとに子息ピーターがスコアを書き上げたものです。独奏者はベルリン・フィルの首席ヴィオラ奏者を務める清水直子氏。実は私、バルトークのファンでして、真摯な生真面目さと土俗的なリズムと躍動感に心惹かれます。この曲もそうした魅力にあふれていました。清水直子氏のソロも素晴らしいですね、抜群の技術と歌心、そしてホールを揺るがす根太い音には感嘆しました。地味な楽器ですが、ヴィオラの魅力の一端にふれた思いです。万雷の拍手に応えてのアンコール、ん? 譜面台が二つ用意されてヴィオラの首席奏者が立ち上がりました。そして奏でられたのはヴィオラ二重奏、どうやらバルトークの曲らしいのですがなかなかチャーミングな佳曲です。休憩時間にロビーで確認したところ、バルトークの「44の二重奏曲」から第21番「新年のあいさつ」と第38番「ルーマニアン・ダンス」でした。
 十五分の休憩をはさんで、いよいよお待ちかねの「シェエラザード」。「千夜一夜物語」からインスピレーションを得たリムスキー=コルサコフが、四つの物語を四つの楽章にまとめて仕上げた交響的作品です。その語り手であるシェエラザードはコンサートマスターの独奏ヴァイオリンで表現されますが、ちょっと淡泊なのが残念。もっとねちっこく悶えるように弾いてほしかったな。しかし全体としては見事な演奏でした。「海とシンドバッドの船」の雄渾、「カランダール王子の物語」の哀愁、「若い王子と王女」の甘美、そして「バグダッドの祭り。海・船の難破・終曲」の爆発。いやあ読響っていいオケですね、この万華鏡のように煌びやかな曲を見事に表現していました。特に、ホールを揺るがす金管・木管楽器の分厚い響きにはまいりました。そしてもちろん、その持てる力を十二分に引き出した広上氏の自由闊達・変幻自在の指揮にも頭を垂れましょう。まるで「俺は音楽を愛してるぜえ! こんないい曲なんだぜえ! みんな乗ってるかい! 愛し合ってるかあい!」と言わんばかりの、そう不世出のロックンローラー忌野清志郎のような熱い魂を感じます。小沢征爾氏が、指揮者の仕事は練習の時にオーケストラを鍛えることで終っており、本番の演奏ではその響きを微調整するだけ、というようなことをおっしゃっていました。でも広上氏の場合はそれに加えて、熱い指揮によって本番でオケを「その気にさせる」という仕事をされているような気がします。指揮者とオーケストラと聴衆が一体となった濃密な時間を過ごせて幸せでした。

 付記。会場でいただいた「月刊オーケストラ 7月号」を読んでいると、がん患者助成事業に携わる公益財団法人「正力厚生会」という組織があるそうです。政治資金や派閥を手に入れて総理大臣の椅子を狙うために、CIAと結託して原子力発電導入を推進した讀賣新聞社主・正力松太郎。その結果林立した原発と福島第一原発の事故で、放射能によるがん患者がいかに数多く発生し、これからも増え続けることか。その彼の名前をつけた組織でがん患者を助成するとは…肌に粟が生じるようなブラック・ジョークです。なお詳細については「原発・正力・CIA」(有馬哲夫 新潮新書249)をご覧ください。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-07-18 06:18 | 音楽 | Comments(0)
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