瀬戸内編(25):ジョージナカシマ記念館(11.3)

 さてジョージナカシマ記念館はどこだろう? ご近所の方に訊ねると、志度街道(国道11号線)を西へ数分歩くとすぐわかるとのこと。仰せの通りに歩いていくと、記念館に到着です。パンフレットから彼のプロフィールを引用します。
 ジョージナカシマは、米国籍の日系二世。ワシントン州のシアトルで育ち、大学で森林学と建築学を学ぶ。建築家として経験を積むが、当時の米国現代建築を見て失望。全てを自身で統合できる家具作りの道を選ぶ。
 ペンシルヴァニア州ニューホープで手に入れた未開の森を切り開いて作った工房では、木目の美しい無垢材を使って手作りで家具を製作。木の特性を活かした構造と、シンプルで知的なデザインで、またたく間に家具作家として世界的に評価される。
 1964年、彫刻家流政之の薦めで初めて高松へ。地元の職人達を中心とする「讃岐民具連」を知り、自ら参加。桜製作所の協力を得て、1968年から計8回のジョージナカシマ展を東京で開催した。1990年に亡くなった後も、ナカシマデザインの家具は、米国ニューホープの工房と四国高松の桜製作所の2ヶ所で作り続けられている。
 それでは入館しましょう。二階が彼の作品の展示室となっています。まずは係の方が、掲示されている写真を使いながら、彼とその作品について懇切丁寧に説明してくれました。へえー、1934(昭和9)年に来日して、アントニン・レーモンド建築事務所で働いたのか。同僚には前川國男・吉村順三らがいたそうです。翌年には、軽井沢聖パウロカトリック教会の設計と家具の設計に参加。帰国後、太平洋戦争が勃発、彼は家族と共に日系人強制収容所に抑留されます。そこで日系二世の大工と知り合い、基本的な木工技術と木についての知識を得たことが大きな糧となったとのこと。なおジョージ・ナカシマが世界で唯一その技術を認め、ともに家具製作をしてきた桜製作所が創業60周年を記念して設立したのが、この記念館です。そして展示されている家具についての説明を受けました。椅子、テーブル、どれも奇を衒った意匠ではなく、あたたかな曲線で構成されたシンプルなものです。そして木目の美しさを活かしていることが印象に残りました。氏曰く、部材は全て、接着剤や釘などを使わず、伝統的な木組みによって組立てられているそうです。驚いたのは、普通だったら利用されないであろう洞がある板でも、接ぎ木を上手く使ってテーブルにしていることです。木に対する、彼の畏敬の念がひしひしと伝わってきます。また一見華奢そうに見えるけれど、建築学の知識を応用しているためたいへん頑丈にできているそうです。「背もたれ部分を構成する細長い木材は、背中を心地よく支えるよう微妙にふくらみをもたせてあります」「ほー」「座ってみますか」「へ?」 …もちのろんです。たぶんオリジナルではなく、桜製作所が作ったものだと思いますが、そこにあった木の椅子に静かに腰をかけました。…何と言えばいいのでしょう、まるで椅子に包まれているような気持ちです。座板と背もたれの玄妙な曲面が身体にフィットし、椅子と我が一如になってしまいました。見て美しく、座って心地よい椅子、これがジョージ・ナカシマの椅子なのですね。「その長い年月を思い、木を活かす次の働き場所を見つけてあげることが大切です」、彼の言葉です。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-08-29 09:50 | 四国 | Comments(0)
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