京都観桜編(9):近衛の糸桜(11.4)

 さらに北上し、京都御苑の南西隅のあたりで「大丸ヴィラ」という洋館を発見しました。塀越しにしか見えないのが残念ですが、ハーフチンバー様式の威風堂々とした洋館です。これはなにか由緒がありそうですね。解説板によると、1932(昭和7)年、大丸社長下村正太郎の住宅として、ヴォーリズ建築事務所が設定したそうです。内部や家具の意匠も素晴らしいとのこと、これはぜひ一般に公開してほしいものです。その先に重厚な煉瓦造りの教会があったので、いそいそと近づいてみると、日本聖公会聖アグネス教会聖堂でした。1898(明治31)年に、ガーディナーの設計で建てられた、三廊式バシリカ型の教会だそうです。
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 近くにある平安女学院有栖館の枝垂れ桜は満開、懸河の如く花を滴らせていました。それでは京都御苑に入りましょう。くぐったのは蛤御門、そうです、1864(元治1)年、長州藩が松平容保らの討伐を求めて挙兵し、会津・薩摩などの藩兵と交戦した事件の舞台です。その時の弾痕が残っているはずなのですが、いくら探しても見当たりませんでした。そろそろ老眼になったのかなあ、ふう。
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 御苑の北辺にあるのが、近衛の糸桜。かつてこのあたりに近衛家の屋敷があり、昔から枝垂れ桜の名所だったそうです。孝明天皇の歌が、解説板に記されていました。「昔より名にはきけども今日みればむべめかれせぬ糸さくらかな」 さすがに高名なようで、たくさんの方々がおしよせていました。艶やかに咲き誇る枝垂れ桜の古木を写真におさめ、それでは平野神社へと向かいましょう。
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 自転車がつくったけもの道を通り(ここの砂利道はほんとに走りづらいんです)、(たぶん)日本最大の鬼門を撮影し、路地を西へと走っていくと、旧西陣小学校に遭遇。正面にある八角形の窓と十文字型の枠が洒落た意匠ですね。
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 途中にある雨宝院に寄りましたが、こちらの桜はまだ開花していませんでした。小粋な築地塀を撮影し、しばらく走ると、スクラッチ・タイルの永原眼科を発見。
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 そして千本釈迦堂へ、こちらには「阿亀桜」という枝垂れ桜の銘木があります。バランスのよい枝ぶりが素晴らしいですね、満開の桜をしばし堪能。なお阿亀という名称の由来ですが、鎌倉時代の中頃、ここに本堂を建てることになりました。それを作事した大工の棟梁が長井飛騨守高次、その妻が阿亀(おかめ)さんです。しかし彼は一本の大黒柱のサイズを間違えて切ってしまいます。高次が家で悩んでいると、嫁のおかめが、それに他もあわしたらよろしいと助け舟をだしました。彼女の機転でなんとか危機を脱出しますが、このことがばれたら夫の恥であると思い棟上式の前日に彼女は自殺してしまいます。やがてこの話が大工の間で伝え継がれ、江戸時代の中頃に阿亀塚がつくられ、大工・造園関係者の参拝が多いそうです。
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 本日の六枚、近衛の糸桜(二枚)、旧西陣小学校、雨宝院界隈、千本釈迦堂(二枚)です。
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by sabasaba13 | 2012-09-13 06:19 | 京都 | Comments(0)
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