「トヨタの闇」

 「トヨタの闇」(渡邉正裕・林克明 ちくま文庫)読了。今、日本を(文字通り)破滅の淵寸前まで追い込んでいるのは企業の暴走と、それに癒着する官僚・政治家たちの無策だと考えます。福島原発の事故がその最たるものですね。そしてそうした暴走と癒着を真っ向から批判もせずまともに取り上げようともしないジャーナリズムも事態を悪化させています。"社会の木鐸"という言葉はもう死語になってしまったようです。広告料欲しさゆえの沈黙なのですかね。しかし気骨のあるジャーナリズムもないわけではありません。たびたび紹介してきた「DAYS JAPAN」をはじめ、そうした方々を支援していかなくては、と常日頃考えております。本書は、日本を代表する大企業・トヨタの闇をみごとに剔抉してくれた、これぞジャーナリスト魂!と抱擁したくなるような一書です。
 利潤の最大化しか眼中になく、そのためには労働者や消費者の生命や生活など屁とも思わないトヨタという会社の、知られざる実態が容赦なく暴かれます。例えば、QCサークルなど、賃金がつかない「インフォーマル活動」を非常に重視し、労働者を過重労働、さらには過労死にまで追い込んでいる実態。脱トヨタ者である元社員は「プチ北朝鮮ですよ」と語ったそうです。著者は、"隔離された立地、独特の空気、洗脳的教育、厳しい規律などの事実を見ていくと、的確な表現と思えてくる"と評されています。(p.41) これに、会社に対する際限のない忠誠心競争を加えてもいいかもしれません。トヨタ社員の夫を過労死で失った妻の、「そもそも、どうして深夜も自動車を作らなければならないのか」という悲痛な言も忘れられません。(p.74) なお、豊田市の労働基準監督署の役人を、トヨタが接待していた事実も付言しておきましょう。(p.113)
 そして小生が驚愕したのは、トヨタ車のリコールの多さです。
 2004年は販売台数約173万台に対して、リコール台数約188万台。2005年は販売台数約170万台に対し、リコール台数約188万台。つまり、二年連続で販売台数よりも、リコール台数のほうが多かったのだ。実に、欠陥車率100%超である。(p.154)
 「労働者を酷使して安価で性能の良い車を作り、莫大な利益を得ている」という勝手な思い込みがあったのですが、とんでもありませんでした。それでは何故、ジャーナリズムはこの重大な事実を報道しないのか。やはり、批判記事を載せることによって、トヨタから広告を引き上げられることを恐れているのですね。(p.30) また、監督責任を持つ国土交通省が、メーカー別のリコールの集計数字を発表していないことも、理由の一端のようです。この数字が出ることによって、この問題がクローズアップされ、自らがこの事態を放置してきた責任を問われることを恐れているのですね。(p.159) また、官僚が情報を隠すもう一つの理由として、「言うこときかないなら公開しちゃうよ」という睨みを利かせて、関連の業界団体に天下る、つまり"力の源泉"にするためだという指摘も鋭いですね。(p.298)
 また海外の生産工場における、現地人労働者の酷使や虐待の実態や、そうした状況に対して立ちあがる労働者たちの姿についてもレポートされています。
 本書が優れているのは、たんにトヨタ一社への批判にとどまらず、これを現在の日本社会が抱える問題として考察されていることです。詳細については実際に読んでいただくことにして、概略だけを紹介しますと、著者は次の五点を挙げておられます。1.マスコミ(ジャーナリズム)によるチェック機能が働かない。2.労働組合が機能していない。3.行政当局の監視が機能していない。4.消費者団体が機能していない。5.政府が機能していない。うーん、深刻な"五ない"ですね。著者は、これを日本の戦後体制(政官業の癒着、生活者・消費者軽視)の特徴であると指摘されています。(p.147) しかしよく考えてみると、これは近代以降の日本に通底している特長ではないかと感じます。十五年戦争(アジア・太平洋戦争)も、一般の人々を軽視し犠牲にしながら、軍部(もちろん彼らも官僚)が主導しそれに官僚・企業が癒着して起こした戦争ではないでしょうか。そうした視点で近現代の歴史を見直すと、この問題の根深さが身に沁みます。結局、敗戦後も、根幹の部分でこの国のあり方は変わっていなかった、変えることができなかったのですね。でも泣き言を言ってもはじまりません、私たちの力でどうにかしなければ。その戦略の一つとして、著者が主張されている一文に、満腔の意を以って賛同します。
 本質的な問題解決のためには、現在、ほぼゼロといってよいメディアリテラシー(メディアを読み解く力)の教育を、義務教育に入れていくしかない。(p.30)

by sabasaba13 | 2012-09-19 06:15 | | Comments(0)
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