山形編(25):天童(11.8)

 「大人の遊び場」に後ろ髪を引かれながらも自転車をホテルに返却し、山形駅へ、駅員顔はめ看板はいまだ健在、旧友に出会えたような気持ちです。
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 11:56発の新幹線「つばさ」に乗り込み、十分ほどで天童に到着。言わずと知れた、将棋の駒の生産で有名なところですが、私は未踏の地です。とは言っても、13:40に宿から迎えの車が大石田駅に来る予定なので逆算すると、小一時間ほどしか散策ができません。とるものもとりあえず目的はただ一つ、イザベラ・バードの記念碑です。さきほど撮影した写真でその場所を確認しようとモニターに出してみると…不覚、興奮したためか手ぶれのために文字が判読できません。しようがない、ビルの中にあった観光案内所で訊ねることにしました。「イザベラ・バードの記念碑を見に行きたいのですが」「は?」 ぬぅわに、彼女を知らんとは! 気をつけ、目をつぶれ、歯を食いしばれ! (ちなみに旧日本軍内務班で兵を殴る前にこう言ったのは、舌を噛ませないため、顎がはずれないようにするためだったそうです) と言うわけにもいかず、天童市内の観光地図をいただいてすごすごと退散。タクシー乗り場に行き、運転手さんに訊ねても「わかりませんねえ」というつれないお答え。うろ覚えですが、たしか眺望の良い場所で、"鶴"という字があったようだと言うと、「ああそれならきっと舞鶴山天童公園ですね」。駅から近いということなのでさっそく行ってもらいました。市街地の中央にぽこんと飛び出ているのが舞鶴山、羊腸の坂道を上って駐車場に到着。タクシーにはここで待機してもらい、付近を捜索することにしましょう。大きな芝生広場の中央には巨大な将棋盤がありましたが、四月に行われる人間将棋祭りの会場となるようです。
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 名人・大山康晴揮毫の記念碑を撮影し、階段を上るとそこが展望所。
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 山の懐に抱かれた天童の街並みを一望できる眺望はたしかに素晴らしいのですが、肝心の記念碑が見当たりません。
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 付近を徘徊しても、最近つくられたらしき「草木塔」を発見したのみ。おかしいなあ、あるはずなんだけれどなあ。刻々と時間は過ぎ去り、そろそろ駅に戻らねばなりません。亀の煮凝、あきらめてタクシーに戻りました。
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 すると地図を見ていた山ノ神が、上りとは違う道で下りてみたらと提議。まあだめでもともと、妻の意見と茄子の花にゃ千に一つの無駄もない、乗りましょう。織田信長を祭神とする建勲神社の前を走り抜けた時、視力1.5を誇る山ノ神が絶叫、「あった!」 キキーッ 急停車してもらい、道端にある小広場に駆け寄ると、イザベラ・バードの肖像と『日本奥地紀行』の一文を刻んだ記念碑がありました。
 山形の北に来ると、平野は広くなり、一方に雪を戴いたすばらしい連峰が南北に走り、一方には側面にところどころ突き出た断続的な山脈があり、この楽しく愉快な地域をとり囲んでいる。ほれぼれとして見たくなるような地方で、多くの楽しげな村落が山の低い裾野に散在している。温度はただの七〇度で、北風であったから、旅をするのは特に愉快であった。もっとも、天童から先へ三里半も行かなければならなかった。天童は人口五千の町で、ここで休息するつもりであったが、貸付屋(貸座敷)でない宿屋はすべて養蚕のためふさがっており、私を受け入れることはできなかった。(p.226)
 山ノ神と歓喜のハイ・タッチをし、今度は手ぶれをしないように慎重に撮影。
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 なおその脇には、志賀直哉(父の再婚相手で、二人の確執を解くために尽力した浩が、ここ天童出身)と田山花袋(母が天童出身)の記念碑もありました。やはり持つべきものは視力の良い妻、おかげで目的を達成することができました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-12-25 06:19 | 東北 | Comments(0)
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