九州編(19):飫肥(11.9)

 そしてタクシーに戻り、棚田へと向かってもらいます。山間に入ると、植林されたたくさんの杉が目に入りました。運転手さんによると、飫肥杉と言ってこちらの特産だそうです。何でも、藩政時代に財政を補填するために植林され、樹脂が多いため造船用として盛んに利用されたとのこと。駅からに十数分ほど走ると、坂元の棚田を一望できる展望台に到着しました。
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 向かいの斜面の一部を三角形に切り開いてつくられた、幾何学的な形状の棚田です。解説板によると、ここはかつて屋根を葺く茅を刈るための、集落共有の茅場であったそうです。国の補助事業を導入して棚田の造成がはじまり、地元の人々を中心に家族総出で工事が進められて、完成したのは1933(昭和8)年。これほど幾何学的な形状に整備された棚田は全国でも珍しいそうで、これは馬耕がやりやすいようにとの工夫です。紫煙をくゆらしながらしばし先人の尽力に思いを馳せ、さあ飫肥の町へと戻りましょう。
 今夜泊まる宿「百合」に寄ってもらいタクシーとはここでお別れ、宿に荷物を預け、いざ徘徊。目抜き通りと並行する路地にこの旅館はありましたが、生け垣をしつらえた和風家屋が連なる落ち着いた雰囲気です。これは期待できそう。まずはスーパーニッポニカ(小学館)から、飫肥(おび)についての紹介を引用します。
 飫肥藩伊東氏5万1000石の城下町。飫肥城は、広渡川の支流、酒谷川が大きく南に屈曲した丘陵の末端に位置する平山城である。
 城下町は、江戸時代の武家屋敷が今日でもよく保存され、1977年(昭和52)重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた。指定種別は武家屋敷で、その規模は山口県萩市に次ぐ。代表的建造物に旧藩校振徳堂、藩主私邸予章館などがある。明治の外交官小村寿太郎の出身地。
 生け垣の続く道から本町商人通りに出て路地に入ると、廃屋ではありますが小粋な旧飯田医院がありました。いや、よくよく見ると小粋というよりも異形。二つ並んだ切妻屋根と正面車寄せの破風、三つの三角形がどんどんどんと自己主張する姿は壮観です。木の柱や梁を表に出して強調するスティック・スタイルですが、相場だと下見板張りなのに…スレートが張ってあります。宮城県でのみ産出する屋根材のはずですが、なぜ宮崎県で??? 謎が謎を呼ぶ異形の洋館、ぜひ修復して公開してほしいものです。と思ったら、所有者から日南市に無償で寄贈され、今後、市が建設当初の形に修復する予定だそうです。これは楽しみですね。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2013-02-15 06:20 | 九州 | Comments(0)
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