九州編(20):飫肥(11.9)

 商人通りに戻り、コンビニエンス・ストアで飲み物を仕入れようと立ち寄ると、荷台に犬を乗せた軽トラックをゲット。なぜか心暖まる光景ですね。再び路地に踏み入ると、「小村寿太郎侯誕生之地」記念碑がありました。解説板によると揮毫は東郷平八郎、裏面に刻んである詩は大学時代から親交のあった杉浦重剛のものだそうです。国粋主義者・杉浦重剛と小村寿太郎か、なんとなく息が合いそうですね。
c0051620_6162621.jpg

 その先にあるのが、復元された飫肥城の大手門。ここを右に折れると横馬場通りで、落ち着いた雰囲気の武家屋敷が建ち並んでいます。
c0051620_6165792.jpg

 途中には小村寿太郎の生家が保存されていました。そして彼も通った藩校・振徳堂の外観を拝見。
c0051620_6172117.jpg

 その近くにあった瀟洒な洋館は鳥居下公民館、1913(大正2)年に竣工された鹿児島銀行飫肥支店を再利用しているそうです。路地をふらふらと歩いていると、水路を利用して鯉を放流していました。
c0051620_618295.jpg

 そして三度商人通りへ、もうすっかり暮れなずみ、街行く人もまばらです。お天道様はすっかり山の陰にお隠れになり、残照が空を紫色に染め上げていきました。周囲には高層建築がないため、なんと空が広く感じられることよ。心と体がもみほぐされるようなこの光景に出会えただけでも、来た甲斐があったというもの。空に吸はれしアラフィの心…などと柄にもないことが脳裡をよぎりました。さてそれでは宿へと戻りましょう。部屋に運ばれてきた夕餉には、飫肥名物の卵焼きがそえられています。卵に塩・砂糖・ほんだしを加えて蒸し焼きにしたもので、まるでプリンか和菓子のようです。肝心のお味は…言わぬが華。
c0051620_6183753.jpg

 そしてお風呂につかり、さきほど購入した地酒を楽しみながら明日の旅程を確認しました。6:37発の列車に乗って宮崎へ、そして加治木で山田の凱旋門を拝見、肥薩線を楽しんだ後に人吉を徘徊、そして八代に泊まる予定です。よって朝食をキャンセルしたのですが、その分を割引してくれた女将さんのご厚情には感謝します。もし早起きしたら、観光パンフレットにあった西南戦争飫肥隊墓地を訪れてみましょう。鹿児島私学校生徒の決起に呼応して飫肥藩士も「飫肥隊」を結成し西郷軍に参戦。史家によると、飫肥隊は強く結束し熊本協同隊と並んで最強だったそうです。この戦争の飫肥隊の参加者千余名、戦死者200余名といわれ、小倉処平をはじめ多くの英才を失いました。やはり南九州をまわっていると西南戦争に関する史跡によく出会います。それでは明日に備えて寝ることにしましょう。

 本日の四枚です。
c0051620_619244.jpg

c0051620_6192119.jpg

c0051620_6194032.jpg

c0051620_6195818.jpg

by sabasaba13 | 2013-02-16 06:20 | 九州 | Comments(0)
<< 九州編(21):加治木へ(11.9) 九州編(19):飫肥(11.9) >>