『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

 『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾×村上春樹 新潮社)読了。へえー、こんな本が出版されていたんだ、不覚にも知りませんでした。正直に言って一枚もCDは持っていないし実演を聴いたこともないのですがその存在は気になる小澤征爾氏と、拙ブログで何度もふれているように音楽への造詣が深い村上春樹氏との対談、これはつまらないわけがありません。即購入して一瀉千里で読み終わりました。中でももっとも印象深いのは、(たぶん)直観や訓練によって無意識のうちに良い音楽をつくりだしてきた小澤氏に対して、その秘訣を言葉に置き換えてもらおうとする村上氏の的確な質問の数々です。たとえば次のようなやりとりですね。
(村上) 「しかしできることにせよ、できないことにせよ、それだけ細かい指示が楽譜に書き込まれて残っていて、選択の余地がほとんどないとすれば、マーラーの演奏が指揮者によって変わってくるというのは、いったいどういう要因で変わってくるんでしょう?」
(小澤) (時間をかけて深く考え込む) 「うーん、それは面白い質問だな。面白いっていうのは、そういう風に考えたことが今までなかったってことです。さっきも言ったように、ブルックナーとかベートーヴェンの音楽に比べたら、マーラーの場合はインフォメーションがずいぶん多いから、当然ながら選択の幅が少なくなっているはずなんですよ。ところが、実際はそうならないんです」
(村上) 「それは僕にもよくわかります。いろんな指揮者、それぞれの演奏で音そのものが違っているのが、聴いていてわかるから」
(小澤) 「そういう質問されると、オレなんかずいぶん考え込んじゃうんだけど、えーと、そうだな、要するにね、インフォメーションが多い分、各指揮者はそのインフォメーションの組み合わせ方、扱い方で悩むんです。それらのインフォメーションのバランスをどのようにとっていくかということで」 (p.237)
 故寺山修司氏が「私は良い質問でありたい」と言ったような記憶がありますが、相手を考え込ませて何かを引き出す"良い質問"というのは大事ですね。本書を読んであらためてそう思いました。そして村上氏の小気味よい質問に導かれるように、小澤が語るさまざまなお話にはすっかり魅了されました。外国や日本の音楽事情、修行時代のエピソード、マーラーの音楽、指揮者の具体的な仕事などなど。そしてはじめて知ったのですが、小澤氏は若い音楽家の育成に熱情をかたむけたいへんな尽力されているですね。詳細はぜひ本書を読んでいただきたいのですが、村上氏の言を聞けばその一端がわかろうかと思います。"本当の「良き音楽」を次の世代に受け継がせていくこと。そのしっかりとした感触を伝えていくこと。若い音楽家たちの胸を根底から純粋に震わせること。そこにはおそらく、ボストン交響楽団やウィーン・フィルといった超一流のオーケストラを指揮することにも劣らない、深い喜びがあるのだろう。(p.330)"
 なお若い音楽家のために小澤氏が主宰しているアカデミーでは、ジュリアード弦楽四重奏団で第一バイオリンを弾いていたロバート・マン氏が招かれてレッスンをしています。そこに立ち会った村上氏が、彼の教授するアドバイスをいくつか紹介しているのですが、チェリストの末席を汚す者としてたいへん参考になりました。同好の士のために引用します。
(村上) あとマンさんが頻繁に口にしていたのは、ピアノという指示は弱く弾けということじゃない。ピアノとはフォルテの半分という意味なんだ。だから小さく強く弾きなさい、と。口を酸っぱくしてそう言っていました。(p.351)

(村上) 「あとよく彼が言っていたのは『聞こえない(I can't hear you)』という言葉でしたね。たとえばディミヌエンドなんかで、最後の音が聞こえなくなってしまうのをよく注意していました。ああいうところを弱くしっかり弾くというのはむずかしいんですね、きっと」
(小澤) 「そういうことです。それと彼がよく言うのは、弱い音をきちんと出すためには、その前の音を心持ち強く弾けということです。その前に弱い音を出してしまったら、行き場所がないわけですからね。そういうところの計算というか、そういうのがちゃんとできている人です」 (p.352)

(村上) あと、マンさんがよく口にしていたのは、『しゃべりなさい(Speak)』ということだったですね。歌えというよりは、むしろしゃべれと。つまり言語的に語りなさいと。(p.353)

(村上) そういえば、マンさんはブレスのこともよく言ってましたね。人が歌うとき、どこかでブレスをしなくてはならない。でも弦楽器は不幸にして、ブレスをしなくてもいい。だからこそ、ブレスを意識して演奏しなくてはならないんだと。不幸にして、という表現が面白かったですね。それから彼はよく沈黙のことを言ってましたね。沈黙というのは、ただ音がない状態というんじゃないんだ。そこにちゃんと沈黙という音があるんだと。(p.356)

by sabasaba13 | 2013-02-27 06:18 | | Comments(0)
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