九州編(45):熊本(11.9)

 「聖く明るく美しく」という異様に爽やかな校訓の熊本信愛女学院を過ぎ、路地にはいると「こむらさき」本店に到着。
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 さっそく熊本ラーメンを注文、味わい深い豚骨スープとやや細めの麺、トッピングのチャーシュー・しなちく・きくらげ・ひともじ(わけぎ)の美味しさもさることながら、私の魂魄を揺るがした強烈なレバー・ブローが、かりかりかりかりにローストされたニンニクのみじん切りです。これはうまかった…
 さてこれから上熊本駅へと向かいますが、その途中に中津からあげ「ぶんごや」があったので、毒を食らわば皿まで、人生意気に感ず、義を見てせざるは勇なきなり、食後のスイーツおよび中津で食べられなかったことへのリベンジということでいただくことにしました。店の貼り紙にも「当店の中津唐揚げは店主が大分県中津市で30年続く「ぶんごや」にて修業し、同じタレ、油などすべて同じ物を使用しています」とあるので、これは期待できそう。さあいっただっきまーす。さくっ、はふはふ、さくっ、はふはふ、(refrain) ああうまいっ。からりと揚がったころも、肉汁したたる鳥肉、にんにくがきいた絶妙のタレ、店員さんが着ていたTシャツの"NO KARAAGE NO LIFE !"という言葉、しかと受け止めました。
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 「わが輩通り」を疾風怒濤の如く走り抜け(下り坂だったもんで)、十分弱で上熊本駅に到着。熊本市北の玄関口で、1913(大正2)年に建てられた洋風木造の駅舎が、すぐ近くにある熊本市電上熊本駅前電停の上屋として移築されています。なお夏目漱石が降り立った駅がこちらで、付近には彼にちなんだ像や句碑が置かれているそうです。さっそく付近を物色すると、駅前の通りを渡ったところに「若き日の漱石」像がありました。
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 解説文を転記します。
 夏目漱石(本名夏目金之助)は、旧制第五高等学校の英語教師として赴任、明治二十九年四月十三日、ここ上熊本駅(当時池田駅)に降り立った。漱石は、四年三ヵ月を熊本で過ごし、その間結婚や長女の誕生を迎えている。(以下略)
 その近くにあったのが「車屋の黒」像、んーそういえば「吾輩は猫である」に登場したような気がするなあ。今、ウィキペディアで調べてみると、"大柄な雄の黒猫。べらんめえ調で教養がなく、大変な乱暴者なので「吾輩」は恐れている。しかし、魚屋に天秤棒で殴られて足が不自由になる(第一話)"とありました。気になったので原典にあたり、当該部分を読んでみると、以下のような黒の台詞がありました。
 考げえると詰らねえ。いくら稼いで鼠をとつたつて-一てえ人間程ふてえ奴は世の中に居ねえぜ。人のとつた鼠を皆んな取り上げやがつて交番へ持つて行きあがる。交番ぢや誰が捕つたか分らねえから其たんびに五銭宛くれるぢやねえか。うちの亭主なんか己の御蔭でもう壹圓五十銭位儲けて居やがる癖に、碌なものを食せた事もありやしねえ。おい人間てものあ體の善い泥棒だぜ
 黒の気持ちがよくわかりますね、いちおう私も人間ですが。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2013-03-18 06:17 | 九州 | Comments(0)
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