西本智実と外山啓介

c0051620_8241056.jpg 先日、所用があって府中の森芸術劇場に行ったところ、西本智実の指揮、外山啓介のピアノ、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番とブラームスの交響曲第1番の演奏会を知らせるチラシがありました。実力ある女性指揮者と新進気鋭のピアニストの競演、これは面白そうだなとチラシを山ノ神に見せたら彼女も大乗り気。西本氏については、以前にテレビ番組で彼女の特集を見たことがあり、ロシアで修行中に日本人女性というハンデを乗り越えて才能を開花させたという経歴に感銘を受けたそうです。外山氏については…そういえば彼女に頼まれて「CHOPIN:HEROIC」を購入しましたっけ。でもどうして? 「こんなに指が長い人は見たことがないから」 はいはい。
 6月末日、ちょうどこの日はテニスの練習が四時間あったのですが、背に腹はかえられない、最初の一時間だけ参加して途中退出、府中の森芸術劇場どりーむホールへと行きました。会場はほぼ満員、われわれの席は二階のやや右あたり。ピアノの鍵盤がかろうじて見える位置です。そして二人が登場、やんちゃな弟を引き連れた鉄火肌の姉御という雰囲気です。そしてラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の演奏が始まりました。外山氏のピアノは、ミスタッチがやや多いのと表情や歌いまわしが平板になるのが惜しいのですが、これほどの難曲、それを責めるのは酷というもの。その溌剌とした演奏には、将来の大器を予感させるに十二分です。それにしても、素晴らしい曲ですね。第1楽章の憂愁と激情、第2楽章の神秘と耽美、そして第3楽章の躍動と抒情、私は第2番よりもこちらを愛聴します。たまたま最近、ロシアに関する本を立て続けに読んできました。『石光真清の手記』(石光真清 中公文庫)、『人生と運命』(ワシーリー・グロスマン みすず書房)、『サハリン島』(チェーホフ 中央公論新社)。現在の厠上本は『ニコライの日記』(岩波文庫)、枕上本は『ドクトル・ジバゴ』(パステルナーク 時事通信社)です。その中でしばしば、ロシア人の魂が語られ描写されることがあるのですが、この曲の曲想と合致するように思えます。例えば『ドクトル・ジバゴⅠ』にこういう言葉がありました。
 ああ、人間の雄弁の醸す空ろな退屈さ、薄っぺらな美辞麗句から逃れて、ものいわぬ大自然の中にかくれ、長い、骨もうずく労働、熟睡、真の音楽、感情に圧倒されて言葉を喪った人間間の意思疎通の深い沈黙のなかにひそむことができたら、どんなに素晴らしいだろうか! (p.205)
 ロシア正教にも興味があるし、しばらくロシア文化とのつきあいが続きそうです。
 そして二十分間の休憩をはさんで、いよいよブラームスの交響曲第1番です。雑談となりますが、不肖私、大学のオーケストラでコントラバスを弾いておりました。このいわゆる「ブラいち」も、初心者ゆえ猛練習をしてのぞんだ思い出があります。余談ですが、他にも「ベトいち」、「ベトしち」、「シベに」、「幻想」、「ドボはち」、「ブラに」、モーツァルトの交響曲第40番なども弾くことができました。今にして思うと果報者ですね。ちなみにプロの方はマーラーの交響曲はどう略称するのでしょう、まさか「マラご」? 閑話休題、よって耳に馴染みのある曲だし、CDでもシャルル・ミュンシュの名演を時々聴くし、さほど期待はしていませんでした。しかし聴き進むにつれて、じわじわと感興が湧いてきました。まずこれまで気がつかなかったフレーズが耳に入り、ああブラームスはこれが言いたかったのだなあと納得することがしばしば。良い意味で理知的な演奏です、よほどアナリーゼをしっかりされているのでしょう。そういえばフランス・フォン・シュトレーゼマンが"ブラームスは「交響曲」という大きな物語の中で、無駄な時間は一切使ってないんですヨ"と言っていましたっけ。そしてオーケストラの奏でる音のバランスとハーモニーの良さ。低音部と高音部、さまざまな音色の楽器が溶け合って鳴り響きます。西本氏の耳の良さとともに、日フィルの技量も称賛すべきでしょう。また迫力を出そうとして音が割れるよりは、力強さに欠けても美しい音の響きの方を選ばれたのかなと感じました。以上のことが相俟って、だんだん胸が熱くなり、フィナーレでは思わず目が潤んでしまいました。ブラーバ!
 指揮者の仕事は、練習の時点ですでに終っており、本番では微調整をするにとどまると思います。この素敵な演奏から、彼女とオケの真摯で熱意あふれた練習風景が浮かんでくるようです。万雷の拍手に応えてアンコールを演奏してくれました。てっきり「ガリダン」(※ハンガリアン舞曲)かなと思っていたのですが、意外なことに弦楽合奏によるシューマンの「トロイメライ」でした。脂っこい曲が二曲続いた後だけにまるで一服の清涼剤。最後の一音の後、心に沁みいるような残響に身も心も委ねていると…ばちばちばちばちと拍手が沸き起こってしまいました。うーむ、もう少し待てないものかしらん。なお彼女のブログによると、恩師と仰ぐ諸橋晋六氏が6月23日に逝去されたそうなので、追悼の意が込められていたのかもしれません。なお氏は、三菱商事の社長・会長を歴任した方で、『大漢和辞典』の編著者・諸橋轍次の三男だそうです。
 それはともかく、素晴らしい演奏会でした。次回は、このコンビでブラームスのピアノ協奏曲第1番を聴きたいな。
by sabasaba13 | 2013-07-06 08:25 | 音楽 | Comments(0)
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