瀬戸内編(11):祝島(12.3)

 それでは祝島について紹介しましょう。周防灘に浮かぶ周囲12kmほどのハート型をした小島で人口は約500人。豊後水道を北上する黒潮に洗われ一年を通じて温暖で、びわやみかんの産地、そしてタイなど高級魚の宝庫でもあります。そして石を多く産出し、それを積み上げて漆喰で固めた練塀(ねりべい)が素晴らしい景観をつくっています。忘れてはいけないのが神舞(かんまい)という、四年に一度行われるお祭り。伝承によると今から千百十余年の昔、豊後伊美郷の人々が山城国石清水八幡宮より分霊を奉持して海路下向中、嵐に会い祝島に漂着したそうです。島の人々は、彼ら一行を心からもてなし、その時に教わった荒神を祭り、農耕を始めたことにより、以後島民の生活は大きく向上しました。それからそのお礼にと、島民は毎年八月に伊美別宮社に欠かさず参拝をし、そして4年毎に伊美別宮社から二十余名の神職、里楽師を迎え、祝島を斎場として神恩感謝の合同祭事を行うようになり、これが神舞として伝承されたとのことです。20人が櫂で漕ぐ櫂伝馬船や大漁旗をたなびかせた100隻以上の漁船など、出迎えの護衛船を従えた神船が、大分県国東半島の最北端にある伊美別宮八幡社から国東市国見町伊美港を出発し、御神体とともに乗り込んだ二十余名の神職、里神楽師、伊美の郷の氏子代表や漁師を祝島に迎え、その後さまざまな神楽や神事が行われるそうです。このお祭りの時には島出身の方々が大勢帰省し、島が沈みそうになるそうです。
 そして中国電力が山口県上関町四代田ノ浦に出力135万キロワット級の沸騰水型軽水炉2基の建設計画を発表したのが1982年、原発建設予定地は祝島の対岸、海を隔ててわずか4キロ先です。その後、二十年以上にわたって1000回を超える月曜定例デモなど、粘り強い反対を続けてきた島でもあります。詳細については祝島のホームページをご覧ください。なお福島原発事故によって建設を諦めると思いきや、中国電力は建設予定地を埋め立てる公有水面埋め立て免許について、山口県に延長を申請する方針を決めました(2012.10.5)。やれやれ、スクルージのような会社ですね。
 上陸して乗船券売り場の方に荷物の預かりをお願いすると、こころよく引き受けてくださいました。そして300円をお支払いして自転車も借り受けましょう。近くにある「チャリンコハウス 祝島自治会」という駐輪場に行き、潮風による錆が比較的軽微な自転車二台を選び、いざ出発。なお12:30出航の船に乗りたいので、三時間ほどの彷徨となります。
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 まずは祝島港から西へ、長磯海岸沿いの道を走りました。途中で、大きく掲げられた「原発絶対反対」という大きなプラカード二枚を撮影。
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 その先の針金で囲ってある斜面には、元気そうな数頭の豚が地面をほじくりかえしていました。これは以前に訪れた氏本農園の豚さんたちですね、きっと。氏本さんは、放牧養豚という新しい取り組みをされている方で、電流を通した柵の中で食用豚を放し飼いにし、できるだけ自然に近い状態で育てるのだそうです。飼料は輸入ものではなく、芋・ふすまなど自給できるものを利用。そして豚が草を食べたり地中の虫を食べるため土を掘り起こしたりするので、耕作放棄地の再生にもつながるという一石二鳥の試みです。海沿いの道は島の北側を半周するだけで、そのどんつきの三浦湾まで行こうとしましたが、何せ風が強くて寒くて…天は我々を見離した、などと山田甲八のような台詞をつぶやき、撤退。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2013-07-11 06:27 | 山陽 | Comments(0)
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