さてこれから大久野島までの移動がちょいと厄介です。予定だと柳井港に到着するのが13:40、そして徒歩三分ほど離れた柳井港駅から13:46発山陽本線新山口行きの列車に乗りたいものです。これに乗りそこない、次の列車だと忠海駅で大久野島行きフェリーを一時間弱待つはめになってしまいます。まあそうなったらなったで別にかまわないのですが、でも人事を尽しましょう。船は順調に航行、ほぼ予定通りの時刻に港に到着。早足で駅へと移動し、余裕の吉野作造で列車に乗ることができました。徳山駅には14:34に到着、こちらで新幹線こだまに乗り換えますが、小腹がへったので売店で「音戸ちりめん使用 広島菜巻おむすび(ちりめんじゃこ)」(あー長い)を購入してお土産品をふと見ると…日本酒「獺祭(だっさい)」を売っていました

おお、このあたりの地酒だったのか(筆者注:蔵元は山口県岩国の旭酒造)、思いがけない邂逅に思わず緩頬してしまいました。獺(かわうそ)がとらえた魚を食べる前にならべておくのを祭に見立て、文を書く時に多くの参考書をならべひろげることを獺祭と言うそうです。脊椎カリエスによって身動きできなくなった
正岡子規が、枕元に多くの書をならべひろげる様子をそれになぞらえ、獺祭書屋主人と号したのですね。「
仰臥漫録」を読んでいた時にたまたまこのお酒と出会って以来、愛飲しております。"わが足で酒買いにゆく獺祭忌"という下手な俳句もつくったっけ。これも何かの縁、もちろん購入して今宵の塒で飲むことにしました。なお旭酒造のホームページに、命名の由来が載っていました。
弊社の所在地である獺越の地名の由来は「川上村に古い獺がいて、子供を化かして当村まで追越してきた」ので獺越と称するようになったといわれておりますが(出典;地下上申)、この地名から一字をとって銘柄を「獺祭」と命名しております。獺祭の言葉の意味は、獺が捕らえた魚を岸に並べてまるで祭りをするようにみえるところから、詩や文をつくる時多くの参考資料等を広げちらす事をさします。
獺祭から思い起こされるのは、明治の日本文学に革命を起こしたといわれる正岡子規が自らを獺祭書屋主人と号した事です。「酒造りは夢創り、拓こう日本酒新時代」をキャッチフレーズに伝統とか手造りという言葉に安住することなく、変革と革新の中からより優れた酒を創り出そうとする弊社の酒名に「獺祭」と命名した由来はこんな思いからです。