瀬戸内編(20):後楽園(12.3)

 やってきたバスに乗り込むと三十分ほどで西大寺駅に到着。駅前にある電話ボックスには大仰な瓦屋根が乗っていましたが、これは西大寺を模したご当地電話ボックスなのかな。
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 列車が来るまで少々時間があるので、駅前にあったサンドウィッチ・ハウス「マミー」で遅めの昼食をいただくことにしましょう。具があふれだしそうなミックス・サンドウィッチと香高い珈琲を堪能、こういう地元資本の健気な喫茶店があるとほっとしますね。○○ー○○○○や○○ー○や○○○○○ー○や○○ー○なぞに貢いで銭っこを中央に巻き上げられるこたあありません。御馳走様でした。
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 西大寺駅へ戻り、ホームで列車を待っていると、岡山学芸館高等学校の、卒業生の進学先を列挙した超弩級の看板が否が応でも眼に飛び込んできました。その上部には「文部科学省SELHi(スーパー英語校)指定校」と記されています。なんじゃそりゃ? 今、調べてみると、"英語教育の先進事例となるような学校づくりを推進するため、英語教育を重点的に行う高等学校等を指定し、英語教育を重視したカリキュラムの開発、大学や中学校等との効果的な連携方策等についての実践研究を実施する「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)」事業"だそうです。いやはや、いい気なものですなあ。原発利権にずぶずぶにはまり、子どもたちに「原発は安全」だとデマを教え込み、そして今は放射能に脅かされている福島の子どもたちを見殺しにしている文部科学省の皆々様方、他にやるべきことがあるでしょと言いたいですね。
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 入線してきた列車に乗り込み二十分ほどで岡山駅に到着、路面電車に乗り換えて後楽園へと向かいます。うおっ、車内にガチャポンが設置されている車両がありました。停留所「城下」で下車して歩いていくと、後楽園のシンボルであるタンチョウヅルを乗せたご当地ポストを発見。江戸時代から後楽園ではタンチョウを飼育していたそうです。その近くには竹久夢二の「宵待草」を刻んだ詩碑がありました。そして十分ほどで、日本三名園の一つ、岡山藩2代藩主・池田綱政がやすらぎの場として作らせた庭園、後楽園に到着です。
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 私は以前に訪れたことがあるのですが、来たことがないという山ノ神のために一肌脱ぎました。まずは藩主の居間であった延養亭へ、戦災で焼失しましたがその後当時のままに復元されました。園内外の景勝が一望できるように作られており、歴代藩主もここから眺めたそうです。そして広々とした沢の池のまわりを巡りながらのんびりと散策。
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 戦災を免れた廉池軒(れんちけん)、一階を水路が走る休憩所・流店(りゅうてん)、築山の唯心山、八橋などを拝見しました。
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 梅林で名残りの梅花を愛で、かつて第六高等学校で学んだ郭沫若の詩碑を撮影。
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 タンチョウヅルの写真を撮って、お土産屋さんの前を通ると「ちくわ笛名人」という謎のポスターがありました。失礼ながらこういうしょぼい話題を調べるには、ほんっとにインターネットは便利です。あったあった、ちくわを笛にして奏でる岡山県が誇るエンターテナー、住宅正人さんでした。元岡山市役所勤務で気象予報士の資格を持ち、先の岡山県知事選で、惜しくも破れたそうです。So whatと言われたらSo it goes onとしか答えられませんが。
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 その脇にあるトイレに入ると…おおっ、盲亀の浮木、優曇華の花、ここで会ったが百年目、朝顔の的として「777」というシールが貼ってありました。以前に中央高速石川PAのトイレで見かけたのですが、無念なことにカメラを持っておらず涙を呑んだ記憶がよみがえってきました。思わず抱きしめ…るわけはありません。なお隣の朝顔には、ぎざぎざ型の吹き出しに「当」と記したシールが貼ってありました。もしかしたらここ岡山は便器シールのサンクチュアリかもしれません。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2013-07-20 07:27 | 山陽 | Comments(0)
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