ターナー展

c0051620_759887.jpg 先日、知人から「ターナー展」の特別鑑賞券を二枚いただいたので、山ノ神と見てまいりました。余談ですが、私がはじめてターナーのことを知ったのは、中学生の時に読んだ夏目漱石の『坊つちやん』の中に出てくる、赤シャツと野だいこのやりとりでした。
「あの松を見給え、幹が垂直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」
「どうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんか」
 どんな島なんだろう、ぜひ見てみたい。そのいたいけない夢が叶い、実際にこの目で見られたのは2004年のことでした。ま、それはさておき、インターネットもなかったその時世、彼の絵をはじめて見たのは大学生の頃。忘れもしない『雨、蒸気、速度-グレート・ウェスタン鉄道』でした。雨を切り裂くようにして疾走する蒸気機関車、しかしそのフォルムも、川面も、石橋も、小舟も、逃げ惑う野兎も、湿度のなかでおぼろげに霞んでいます。その空気の表現の見事さ、触れば指先がしっとりと濡れてきそうです。今もって大好きな一枚ですが、残念ながら今回の展示には含まれていません。そうそう、その数年後にリリースされた山下達郎の『ARTIZAN』というアルバムに、「ターナーの汽罐車 ‐Turner's Steamroller‐」という洒落た曲があったのも懐かしい思い出です。ぜひターナーの絵を見てみたい、念願がかなってロンドンのテート美術館を訪れたのが2000年のことでした。実物を見て、空、水、海、そして何よりも空気にこれだけの色調があることに、そしてそれを真摯に描ききったターナーの力量に感服。至福のひと時を過ごしたことはいまだに忘れ得ません。
 というわけで、今回の展示もほとんどその時に見た絵だと思いますが、大切な旧友と再会するつもりで上野の森までやってきました。まずは彼のプロフィールについて、スーパーニッポニカ(小学館)から引用します。
Joseph Mallord William Turner (1775―1851)
 イギリスの風景画家。4月23日ロンドンに生まれる。ロイヤル・アカデミーの美術学校に入学。初めは水彩画で地誌的、名所絵図的作品を描いたが、やがて油彩画に力を注ぎ、1802年初めて大陸に旅したのち、『カレー埠頭』などに代表される作品群が生まれる。主として、暗い色調で、形態を激しい動きでとらえようとする。15年、彼の絵の質は一変、画面構成において、クロード・ロランに肉薄しようとして、擬古典的な静的な明るさをもつ作品が描かれた。28年、二度目のイタリア旅行をしたのちは、文学的物語を主題として、色と光とで幻想的風景を描くようになり、『チャイルド・ハロルドの巡礼』『戦艦テメレール』などが生まれた。1839年に最後のイタリア旅行をしたが、このころから、一連のいわゆる「ベネチア風景」が描かれた。ここでは文学的主題は消え、物の描写はほとんど留意されなくなる。
 画面に描かれた主題や物象自体の動きでなく、動きをいわば光の振動に転換して表現しようとする。「光の錬金術師」といわれたように、世界のエネルギーとしての光を描いたともいえよう。また未完成に終わった作品も多い。彼の絵画は半世紀後の印象派以後の問題を予想させる異彩に違いないが、晩年の未完成の作品には、それ以上のものを感じさせる。51年12月19日ロンドンに没し、手元にあった約2万点の作品は国家に遺贈された。そのほとんどは今日ロンドンのテート・ギャラリーの所蔵となっている。
 今回の展覧会では、彼の生涯にそって作品が展示してあります。まず目に飛び込んできたのが、彼の自画像でした。理知的で、意志が強そうで、でもどこか優しげな表情が印象的。自分なりの画業を成し遂げようとする決意もびしびしと伝わってきます。そして大自然の猛威、海戦、牧歌的風景、ヴェネツィアなど、さまざまなテーマの作品が並びますが、共通して感じるのは自然に対する畏怖と敬意です。例えば圧倒的な暴力をふるえる戦艦も、大空のもと大海原に浮かぶその姿は卑小な存在にしか見えません。華麗なヴェネツィアの街並みも、陽光に照らされた輝きがあってこその美しさ。50歳を超えると、彼の絵からは形あるものがぼやけ、あるいは消え失せ、さまざまな光を浴びて千変万化の色合いを見せる海や空気がキャンバスを埋めつくします。光のつくりだす色がすべて、色彩こそが絵画の本質である、ターナーの画業はそれを証明するためのものだったのかもしれません。最近読んだ『日本近代美術史論』(ちくま学芸文庫)の中で、高階秀爾氏がこう述べられていました。
 ここに宣言されているのは、理知的な線描よりも感覚的な色彩こそが絵画の本質をなすものであり、色彩によって絵画は絵画としての自律性を獲得するという主張であって、これこそロマン派以来、西欧の十九世紀が一貫してそのために闘い続けて来たものにほかならない。(p.266)
 その闘いの最前線に仁王立ちしているターナーの姿が目に浮かぶようです。

 今回の展示で一番好きな絵は『レグルス』(1828)、ぎらぎらと眩く輝く太陽を真正面から描いたものです。その力強い陽光に圧倒されたのですが、そのタイトルの由来は? 帰宅後に調べてみたところ、"レグルス"とは、古代ローマの将軍マルカス・アティリウス・レグルス、第一次ポエニ戦争(紀元前264-241年)でカルタゴの捕虜となった将軍でした。伝説によると、彼は暗い地下牢に閉じ込められて瞼を切り取られ、牢獄から引きずり出され、陽光に当たり失明するのですね。「目を背けずに陽光を見つめよ、その光がつくりだす色を」、ターナーの呟きが聞こえてきます。

 なお漱石言うところの"ターナーの松"は、本展に出品されていた『チャイルド・ハロルドの巡礼―イタリア』(1832)が、有力な候補のひとつだということです。
 蛇足でもう一言。大混雑だったのは我慢もしますが、コイン・ロッカーは満杯、クロークもなし、よってリュックサックを背負いコートを着たままの鑑賞を強いられたのは苦痛を通りこして屈辱を感じました。なぜ好きな絵をゆったりと鑑賞できるよう尽力しないのか、関係者の猛省を促したいと思います。

 本日の一枚は、テート美術館です。
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by sabasaba13 | 2013-12-15 08:00 | 美術 | Comments(0)
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