ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2013

c0051620_1111186.jpg たしか2009年の大晦日でしたか、 ベートーヴェン弦楽四重奏曲中・後期9曲の連続演奏会を上野の文化会館小ホールで聴いたことがありました。その時に大ホールで同時に行なわれていたのが、小林研一郎氏によるベートーヴェンの交響曲の全曲演奏会。いつか聴いてみたいものだと思いつつ、その機会を得られませんでした。今年の冬休みは旅行の予定もないので、一念発起、満を持して「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2013」のチケットを購入。事前学習として名著『ベートーヴェンの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書1915)を再読し、一週間前から肉食を断ち(嘘)、前日は水垢離をして(嘘)眠気覚ましのブラック・ガムとのど飴を購入して、午後十一時には床につき、当日の昼前には練馬のおいしい蕎麦屋「176」で年越しそばをいただきました。(長い筆者注:何とも愛想のない店名ですが、住所が練馬1-7-6、および郵便番号も176-0001というのが由来です。でも味は本物、なお私はこの店の玉子焼きが大好物です) ところが好事魔多し、というか当たり前なのですが、店は満員で注文した鴨つけ蕎麦がなかなか出てきません。非常にも時間は刻々と過ぎてゆき、もはやdead endかと諦めたとき、ようやくご来臨。互いに見合す顔と顔、一食入魂、一心不乱に胃袋に流し込みお代を払って練馬駅へと疾駆。しかし私は情ないことに途中で息切れ、半分諦めていると、「走って、まだ間に合う」という山ノ神の叱咤の声が飛んできました。その意気に励まされ、ふたたびダッシュしホームへと駆けあがると出発間際の列車に間に合いました。すると池袋駅での乗り継ぎもどんぴしゃ、開演三分前に席につくことができました。やれやれ、山ノ神の不撓不屈の精神に感謝しなければなりませんね。
 実は私、大学時代にオーケストラでコントラバスを弾いており、客演としてお招きした小林研一郎氏の指揮でベルリオーズの「幻想交響曲」を演奏したことがあります。その印象ですが、とにかく"その気にさせてくれる"指揮でした。拙い技術しかなかったのですが、それを限界まで使って気持ちを表現しようという気になるのですね。第五楽章は、もう昂奮の坩堝。曲の最後が近づくにつれて、「終わらないでくれ、終わらないでくれ」と思いながら弾ききったことをよく覚えています。その氏が、N響メンバーを中心に特別に編成された岩城宏之メモリアル・オーケストラを、どれくらいその気にさせるのか、たいへん楽しみです。
 客席はほぼ満員、オーケストラ、そして小林氏が颯爽と登場、午後一時、交響曲第一番の力強いピチカートとともにいよいよ開演です。なお前掲書で金氏が評された言葉を引用しますと、第一番は"喜びにあふれた幕開け"。第一楽章のアレグロ・コン・ブリオを聴いただけで、今日の演奏会は素晴らしいものになると確信しました。音楽を前へ前へと押し進める疾走感と躍動感に満ち満ちた演奏で、クラシックの演奏会では稀有なのですが思わずスイングしてしまいました。It Don't Mean A Thing, If It Ain't Got That Swing! 席が二階だったので上から見下ろせたのですが、オーケストラがまるで大海原か巨大な軟体生物のようにうねっているのがよくわかります。アンサンブルも申し分なし、ダイナミクスの幅や変化も素晴らしく、管楽器の咆哮には体がふわっと浮き上がるような音圧を感じました。
 次は"絶望を乗り越えた大傑作"第二番。第一番を発表した後、ベートーヴェンの耳は聴こえなくなり、有名なハイリゲンシュタットの遺書を書き記します。その同時期に書かれたのがこの曲ですが、死の影も絶望の淵もまったく感じさせない、炸裂する歓喜に満ちた曲です。金聖響氏は、彼はほんとうに死ぬつもりはなく、過去を清算し自分をリセットするために遺書を書いたのではないかという説を紹介されています。異議なし、議事進行! 死を覚悟した人間によって書かれた曲ではありえません。それにしても彼の強靭な精神力にはもう頭を垂れるしかありません。演奏も引き続きノリノリの演奏、身も心もスイングのしっぱなし。威風堂々とした重量感と、軽快なスピード感を両立させた名演です。トスカーナの丘陵を時速180kmで疾走するティーガーⅠ型重戦車…などというわけのわからない比喩しか思い浮かばない、己の非才が恨めしい。30分の休憩では、体のほてりを冷却するために外へ出て紫煙をくゆらしました。 
 ふたたび大ホールに戻り、"新時代を切り拓いた"第三番「英雄」と、"素晴らしいリズム感と躍動感"の第四番を堪能。間にあまり面白くない三枝成彰氏のトークが十五分入りましたが、ご愛敬ということにしておきましょう。ここで60分の休憩が入りました。外へ出て、心地よい昂奮にふるえる心身を夜気で落着かせ、近くのお店で珈琲をいただきました。香り高い珈琲を飲みながら、糟糠の妻と感動した音楽について熱く語り合う。これってもしかしたら小確幸(小さいけれど確固たる幸せ)?
 お楽しみはこれからだ、いよいよ"完璧に構築された究極の構造物"第五番「運命」です。お恥ずかしい話、この曲ときちんと対峙して生演奏で聴くのは初めてですが、あらためて凄い曲なのだと思い知らされました。苦悩、抒情、決意、人間のもつさまざまな感情や思いを緻密に音で織り綴り、そして最後に力強い凱歌で私たちを鼓舞してくれる名曲です。もちろん、ベートーヴェンの思いを十全な姿で再現した指揮者とオーケストラの熱演にも拍手。毎回スタンディング・オベーションをしていた最前列の五人の方(私たちはハリウッド・テンならぬウエノ・ファイブと名づけましたが)も、もちろん立ちあがって熱烈な拍手をされていました。金氏の"古典派交響曲の到達点・リミット・完成品。交響曲の進化の系統樹はここで行き止まり、あとは横に伸びるしかない"という言、納得です。そして"地上に舞い降りた天国"第六番「田園」。第五番で交響曲を完成させたベートーヴェンが、標題音楽と五楽章形式によって交響曲の末来を切り拓いた作品です。形式よりも自由な表現を重視するロマン派への道を準備したわけですね。そうした音楽史的意義もさることながら、神々しく心安らかな歓喜へと誘ってくれる名曲です。でも愉しげな農民たちの踊りを襲う嵐に、福島の原発事故を重ねてしまうのは私だけでしょうか。事故の責任者ご一同様に落雷が直撃し、かの地に第五楽章のような喜びと平安が訪れるのを祈らずにはいられません。
 ここで90分の夕食休憩が入ります。会館内にあるフォレスティーユ精養軒が、予約制の特別メニューを用意して手ぐすね引いて待ちかまえていましたが、われわれは上野駅構内にあるエキュート上野に行き、「たいめいけん」で洋食をいただきました。これから七番・八番そして「合唱付」を聴けるという喜びに胸をふるわせながら肉汁とともにかぷりつくメンチカツ、嗚呼、これは中確幸です。
そして"狂乱の舞踏"交響曲第七番、グレン・グールド曰く「世界で最初のディスコ・ミュージック」。もう圧巻の一語。七番を振るために生れた男、小林研一郎氏の面目躍如、体はスイングのしっぱなし、心は昂奮のしっぱなしでした。ウエノ・ファイブももちろんスタンディング・オベーション。 "ベートーヴェン本人が最も愛した楽曲"第八番は肩の力が抜けた自然体の演奏。二人の巨人の狭間で、身と心のリラクゼーションができました。ここで三枝成彰氏と奏者のトークが30分入ります。七番と八番の「刻み」で右手が疲労困憊し、マイクを左で持ったビオラ奏者の姿が印象的でした。
 最後の休憩15分をはさみ、いよいよ"大きな悟りの境地が聴こえてくる"第九番「合唱付」です。金氏はこう述べられています。
…このときの「創造主」、あるいは「神」が、カトリックやプロテスタントのキリスト教教会の神でないことは確かです。あえていうなら、ベートーヴェン(シラー)が感じた(悟った)「とてつもなく大きな存在」ということになるのでしょう。その「大きな存在」を想像し、感じ、それを多くの人々(兄弟)とともに…というのは、あきらかに宗教です。それが、ベートーヴェンが最晩年に辿り着いた「悟り」の境地なのかもしれません。(p.219~22)
 "すべての人は汝の柔らかき翼の休む所で兄弟となる"、彼の視点はとうとう「人類」という高みにまで達したのですね。演奏も、テンションと最後まで情熱を失わず、指揮者・オーケストラが一体となってベートーヴェンが紡いだ音を再現しようとする真摯なものでした。最後の響きが宙空に消え万雷の拍手がおさまると、小林氏が「あけましておめでとうございます」と挨拶。気がつけばもう十二時を越えています。
 いやはや素晴らしい演奏会でした。『ベートーヴェンの生涯』(青木やよひ 平凡社新書502)によると、ベートーヴェンとゲーテの橋渡しをしたベッティーナ・ブレンターノがこう語っているそうです。"私たち[人類]は、彼に追いつけるのでしょうか。(p.269)" たとえ追いつけなくても、彼の凄さに包まれただけでも幸せです。外へ出ると、国立西洋美術館の野外に展示してあるロダン作の「地獄の門」がライトを浴びて怪しく浮かび上がっています。ベートーヴェンの人品とは対極に位置する安倍伍長に、私たちはこの門の鍵を渡してしまったのだなあ、せめて全開するのを食い止めねば、と考えながら帰途につきました。

 余談です。2000円で購入したプログラムの表紙に「祝!旭日中授章受賞」とありましたが、これは「旭日中綬章」の間違いであったと三枝氏が訂正されていました。へえー、コバケンさん、勲章をもらったのか。熊谷守一さんや杉村春子さんのように辞退してもらいたかったなあ。古今亭志ん生は「届けてもらいな」と言ったそうですが。(息子の志ん朝曰く「父ちゃん、蕎麦屋の出前じゃないんだから」)
 後学のため、インターネットで他の受賞者を調べてみると、立ち眩みがしました。旭日大授章の受賞者は、元官房副長官、元国土庁長官、京浜急行電鉄会長、元農相、元法相、フジテレビ会長、元最高裁判事、元NTT社長。やれやれ、官僚・政治家・大企業天国のわれらが日本の面目躍如といったところでしょうか。開いた口がふさがらなかったのは、偽装請負で問題となったキャノンの会長にして労働者使い捨て政策の主導者、御手洗冨士夫氏が受賞したことです。若者の末来を踏み潰して勲章か… ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンと安倍晋三伍長・御手洗冨士夫キャノン会長、崇高と下劣、人間という存在の振れ幅の大きさには驚かされます。
 なお『ベートーヴェンの遺髪』(ラッセル・マーティン 白水社)もなかなか面白かったので、よろしければ書評をご一読ください。

 最後に、私たちがこれまでに訪れたベートーヴェン関連史跡の写真を掲載します。

ベートーヴェン像(ハイリゲンシュタット)
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ベートーヴェンの家(ハイリゲンシュタット)
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ベートーヴェンの家(ハイリゲンシュタット)
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ベートーヴェン、遺書の家(ハイリゲンシュタット)
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ベートーヴェンの生家(ボン)
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パスクァラティ・ハウス(ウィーン)
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ベートーヴェンの墓(ウィーン)
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アン・デア・ウィーン劇場(ウィーン 交響曲第2・3・5・6番の初演)
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ブルク劇場(ウィーン 交響曲第1番の初演)
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by sabasaba13 | 2014-01-21 06:23 | 音楽 | Comments(0)
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