イタリア編(87):シュピッテラウ焼却場(12.8)

 朝目覚めてカーテンを開けると…見えるのはビルの裏側だけ。眺めはよくありません。テレビをつけて天気情報を見ると、雲は多いものの雨の心配はないようです。本日は、ウィーン市内を徘徊して落ち穂拾いをすることにしましょう。朝食会場へ行くと、アメリカ人らしき団体旅行客が大騒ぎをしています。
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 やれやれ、できるだけ静かな一角に席をとり、ホットミールを頬張りました。エレベーターに乗ると、何やら判じ物のようなピクトグラムがありました。数秒間沈思黙考…わかった、火災の時は使用するな、だ。
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 まず向かうはアウガルテンに残されている、ナチス時代に造られた高射砲台座です。地下鉄U4に乗って、Friedensbrucke駅で下車。歩道を歩いていると、遠方に見覚えのあるユニークな形の煙突が見えましたが、私の大好きなフンデルトヴァッサー設計によるシュピッテラウ焼却場のものですね。以前に訪れたことがあるので、今回は遠くから眺めるだけ。そうそう、彼について紹介をしておきましょう。
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 フリーデンシュライヒ・フンデルトヴァッサー(1928~2000)は、現代オーストリアを代表する画家・建築家です。1938年、彼が10歳の時、オーストリアはナチスドイツによって併合されてしまいます。ユダヤ人であった母方の親戚は、74人のうち69人までが、強制収容所のガス室に送られて殺されてしまいました。そうしたなか母親は、息子をヒトラーの少年親衛隊に加入させます。それは、ユダヤ系の母親が、息子を守るために取った苦肉の策でした。他人からあてがわれた、直線的な教育や生き方。そこには行動の自由も、思想の自由もない。有るのはまやかしと、悲劇だけ。「直線は胸に抱くな!」 彼はまるで、失われた青春時代を取り戻すかのように、直線を敵視したのですね。衣服も住居も、人間を包む皮膚として考えた彼は、そこに自由がなくてはならず、それ自体が病んではならないと、強く主張していました。そして彼にとって、更にそれらを包む二つの皮膚がありました。第四の皮膚は社会環境。そして第五の皮膚は、地球環境です。社会は人間を拘束してはいけない、そして地球環境を、ないがしろにしてはならない。彼は常にそう訴えたのですね。彼の言葉です。"束縛されるな、追随するな、定規で引いたものには不信を。直線は胸に抱くな、自由であれ、そうすれば何者にも脅かされぬであろう" なおウィーンには、彼が設計した公共住宅「フンデルトヴァッサー・ハウス」と美術館「クンストハウス・ウィーン」がありますが、ここも以前に訪れたことがあるので省略。また日本にも、彼の設計による大阪市環境事業局舞洲工場とスレッジ・センター(汚泥処理場)があるのも僥倖、訪問記がありますのでご笑覧ください。
 なおスレッジ・センターに掲示してあった彼の言葉を紹介します。
 通常巨大な工業用建物というものは、最も危険な環境汚染である視覚的公害をもたらすものです。何故なら、それは人の魂を滅ぼすものだからです。従って、スラッジセンターにおいては、直線や画一性、非情な冷たさ、無感動で心無き残酷性、審美の欠如、不毛な画一性、不能な創造性などによって生ずる視覚的公害を取り除くためのデザインがなされています。だからこそ、スラッジセンターは4つの異なった顔(ファサード)をもつ事になるのです。

 人間がこれまで効率性や機能性を重視するあまり、本来自然の領土として残しておかねばならない場所を無断で占拠して無味乾燥な建物を建ててきました。今や、人類は自然との調和を考えずして将来とも生存しつづけることは不可能であり、無断で占拠した場所はもう一度自然に返すべきだ。

 私たちは、自然との調和をはかりながら生きてゆかねばならない。私たちは、これまで不法に破壊してきた大地を自然に返してやらねばならない。よりよき世界、より美しい世界への希求なくして、私たちは生き残ってゆくことはできない。
 本日の六枚。上から二枚目はシュピッテラウ焼却場(2003.1撮影)、三枚目ははフンデルトヴァッサー・ハウス(2013.8撮影)、四枚目はクンストハウス・ウィーン(2013.8撮影)、五枚目は大阪市環境事業局舞洲工場(2005.3撮影)、六枚目は大阪市都市環境局舞洲スラッジセンター(2005.3撮影)です。
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by sabasaba13 | 2014-03-07 06:27 | 海外 | Comments(0)
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