『ミッシング』

c0051620_627467.jpg "もう一つの9・11"、1973年9月11日にチリで起きた、ピノチェトによるクーデターを描いた映画『サンチャゴに雨が降る』については以前に紹介いたしました。いろいろと調べていると、この事件を舞台とした映画『ミッシング』があると知り、さっそく通信販売でDVDを購入し拝見しました。1982年製作、監督はコスタ=ガブラス、出演はジャック・レモンとシシー・スペイセクです。
 クーデターの背景については、前記の映画評に書きましたのでご参照ください。その最中に、チリの民主化運動と関わりを持つアメリカ人青年チャールズ・ホーマン(ジョン・シェア)が失踪します。父のエドワード・ホーマン(ジャック・レモン)はチリへと飛び、息子の妻べス(シシー・スペイセク)と共に一人息子の安否を確認するために尽力します。ガチガチの体制派で、息子夫婦を向こう見ずな理想主義者だと軽蔑していた彼が、ベスや周囲の人々の話を聞き息子のやってきたことを知るにつれ、じょじょに理解を示すようになっていきます。調査を進めるうちに、どうやらチャールズはこのクーデターの背後にあるアメリカ政府の動きに感づいたために拘束されたことがわかってきました。そしてフォード財団の関係者から、政治犯が収容されているスタジアム(ビクトル・ハラが虐殺された場所)で息子は殺されたと告げられます。なお『ショック・ドクトリン』(ナオミ・クライン 岩波書店)には、このフォード財団の資金でアメリカに留学した学生たち(「バークレー・マフィア」)が、スハルト政権でテクノクラートの地位を占め、インドネシアを多国籍企業に対してきわめて開放的な環境へと転換させたという指摘がありました(p.93~7)。チリでも同様のことをしていたのかもしれません。大使館にねじこみアメリカ政府の責任を追及するエドワードに対し、領事たちは木で鼻をくくったような対応しかしません。「マフィアのことを調べた人物が死体となって川に浮かんでいても、警察は何もしない」「チリには多くのアメリカ企業が進出している。その利益を守ることがアメリカ国民の利益を守ることだ」 なるほどねえ、アメリカ政府は企業の利益を守るための超巨大マフィアなわけだ。ベスと共にアメリカに帰国したエドワードは、ヘンリー・キッシンジャーを含む11人の公人を息子の死を共謀・放置したかどで告訴しましたが、訴えは証拠不十分で却下されました。なおこの事件は実話で、チャールズ・ホーマンも実在した人物なのですね。『人と映画のタペストリー』というブログに、関連した一文が掲載されていたので引用します。
 チャールズ・ホーマンの誘拐と処刑はニクソンが大統領であった時に起こっている。その後ホワイトハウスは一貫して、CIAのチリクーデター介入を否定してきたが、クリントン政権は隠された秘密公文書を調査し、1999年に初めてCIAがチリのクーデタに参与していたことを認め、証拠文書を公開した。チャールズ・ホーマンの死についてもクリントン下の政府関係者は「非常に残念なことだ」と述べ、駐チリアメリカ大使館がクーデター後の大混乱の中、アメリカ市民を守ろうと全力を尽くしたのは事実だが、ホーマンに関してはその必死の努力が及ばなかった可能性があることを示唆している。

 チャールズ・ホーマンの未亡人、ジョイス・ホーマンは2001年にチリの法廷にアウグスト・ピノチェトに対して夫の殺人の罪で訴訟を起こした。その裁判の調査過程で、チャールズ・ホーマンはチリの民主制を追及し、軍部の反対派に暗殺された進歩派軍人レネ・シュナイダーの生涯を調査していたことがわかり、レネ・シュナイダーを暗殺したアウグスト・ピノチェト派にそれを嫌われ殺害された可能性が示唆された。2011年にチリ政府は退役海軍軍人レイ・デイビスをチャールズ・ホーマンに対する殺人罪の判決を下した。
 アメリカの国家犯罪を真っ向から描いた重厚な社会派映画、たいへん面白うございました。そしてあらためてジャック・レモンの演技力には脱帽です。『アパートの鍵貸します』『お熱いのがお好き』におけるコミカルな演技も好きですが、本作のシリアスな演技も素晴らしい。悲しみ、怒り、逡巡、愛情、苦悩、初老の父親の揺れ動く心理を見事に演じきっていました。そして戒厳令下におかれたチリの状況を描いた映像にも、胃の腑が縮みあがりました。軍による拘束、夜間外出禁止、道端に捨てられた死体、銃の乱射、死骸が無造作に並べられた死体置き場、恐怖に怯える市民… 目を覆いたくなるような描写が、この背後にあるアメリカの国家犯罪を浮き彫りにしています。そうです、この映画の主人公は"アメリカの国家犯罪"ですね。企業の利益を守るためにクーデターを支援し、妨害となる同国人を殺害し、その責任を認めようとしない。その冷酷さには戦慄を覚えます。チリの人々の苦難をもっと描いてほしかったのですが、監督はあえて目をつぶり標的をアメリカにしぼったのかもしれません。いずれにせよ、その勇気に敬意を表したいと思います。

 なお言うまでもありませんが、アメリカ政府・米軍・CIAが行なった国家犯罪はピノチェトのクーデター支援だけではありません。関心のある方は、ぜひ『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム著 作品社)を読んでいただきたいのですが、アメリカが関与した国家犯罪は、テロおよびクーデター支援、拷問や洗脳、暗殺、盗聴、選挙操作、麻薬製造、毒ガス、生物兵器使用、虐殺など枚挙にいとまがありません。その属国であるわが日本政府は、こうした事実を見て見ぬふりをして尻尾を振っているのでしょうか。共犯者という誹りは免れません。

 余談ですが、私にこのクーデターのことを教えてくれたのは、2002年に制作されテレビで放映さたオムニバス映画『11'09''01/セプテンバー11』です。2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件をテーマに、11人の映画監督がそれぞれの"9月11日"を「11分9秒01」の長さの短編映画に込めた作品ですが、ケン・ローチ監督の作品がこの"もう一つの9・11"をテーマとしていました。もう一度見てみたいものだと常々思っていたのですが、なんてことはない、「セブン&ワイ」で購入できることがついさっきわかりました。さっそく購入するつもりです。

 もう一つ余談。前掲書の中に“CIAは、国会選挙で自民党を一議席一議席支援するために、何百万ドルもの予算を費やし、日本社会党を弱体化させるために策動した。その結果、自民党は38年にわたり権力の座を維持した(p.279)”という指摘がありましたが、安倍伍長、ほんとですか。ほんとだとしたら、日本がアメリカの属国に甘んじる理由の一つとして腑に落ちます。
by sabasaba13 | 2014-03-20 06:28 | 映画 | Comments(0)
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