『夢は牛のお医者さん』

c0051620_6132644.jpg 映画については一家言をもつ義父が、『夢は牛のお医者さん』がとても面白いと教えてくれました。上映館は、われら破れ鍋綴蓋夫婦ご用達の「ポレポレ東中野」。ひさしぶりに南インドの味「カレーリーフ」(東京都中野区東中3-1-2 阿部ビル2F)の料理に舌鼓を打つのもわるくないな、と即決。東中野駅前で山ノ神と待ち合わせ、まずは映画館で入場券を購入して整理券をもらい、♪君も猫もみんなみんな好きだよカレーライスが♪と鼻唄を歌いながら、中央線線路のわきにあるお店に行くと…アンビリーバボー、月曜・火曜がお休みでした。まさかカレー屋さんが火曜日に開店しないなんてありえないという身勝手な予断でした。せんかたなし、中央線線路の土手に咲き誇る見事な桜並木と菜の花をしばし愛でながら、夕食をどうするか二人で鳩首会議。私の提案ですぐ近くにあるしぶい商店街で安くて美味しそうな料理店を物色することにしました。そして白羽の矢を当てたのが、紹介された雑誌記事のコピーが店頭に掲げられていた「十番」(東京都中野区東中野3-7-26)という中華料理屋です。さっそく中に入り、タンメン、ジャージャーメン、水餃子を注文。腰のある太麺、コクのあるスープ、水準以上の美味しさでした。これはリピーターになりそうな予感がします。
 そして「ポレポレ東中野」へ。閑古鳥が咆哮しているのかと思いきや、すでに三十数人ほどの方が待ち構えていました。館内の中央に陣取り、さあ上映開始です。舞台となるのは新潟県十日町市莇平(あざみひら)という集落、日本でも有数の豪雪地帯、そして過疎地でもあり主要な産業は酪農です。新入生がいなかった1987年、莇平小学校の校長さんは「子どもたちの友だちに」と三頭の子牛を入学させました。映画の主人公である高橋知美さんはこの時小学三年生、一所懸命に世話をしますが、病気がちの牛たちを心配します。先生たちは牛はあくまでも家畜であるという冷厳な事実を子どもたちに伝えるため、体重が400kgを超えたら屠殺場へ送ることを決めていました。その日、子どもたちは「卒業式」を行ない、牛たちと涙とともに別れます。知美さんは、これをきっかけに牛のお医者さん(獣医)になることを決意し、「高校三年間はテレビを見ない」と猛勉強、岩手大学農学部に合格、そして国家試験にも合格し、卒業後は獣医として酪農農家をまわり牛の治療にあたります。現在では二児の母、家事・育児と獣医の仕事を両立させながら、懸命にかつ愉しく働いておられます。

 この映画がつくられたきっかけを、監督の時田美昭氏はこう語っています。テレビ新潟がこの「牛の入学式・卒業式」の様子をドキュメンタリーとして制作し、「ズームイン!!朝」や「NNNドキュメント」などで放送され、大変な好評を博しました。時田氏は、知美さんを含む素朴でピュアな九人の児童のファンになり、取材を継続しようと決意します。しかし獣医になるという彼女の決意についてはたかが"子どもの夢"と思っていましたが、その後、親元を離れて遠い高校に下宿しながら通学して獣医を目指して猛勉強しているとを知りました。彼女の夢を本気で受け止めなかった自分を恥じ、そこから、彼女の夢に密着しよう、見届けようと思ったそうです。そして東日本大震災が起こり、新潟にも多くの方が避難してきました。そんな方々を元気づけるためにこのドキュメンタリーを見てもらおうと、映画として制作されたそうです。
 なんとも後味の良い映画でした。大好きな牛の病気を治したい、そして生れ故郷の人々に貢献したい、一途にその夢を追いかけたいへんな努力をもって実現させたひとりの女性の姿に感銘を覚えます。ある意味ではシンプルな映画なのですが、そこにさまざまな描写が加わり、奥深さと陰影を与えています。新潟の美しい自然と苛酷な豪雪、それらに命を育まれた動物や植物。酪農という職業の抱える宿命。牛たちの命は、飼育にかかるコストと販売価格を考量することによって決められてしまうのですね。コストをかけても安くしか売れなければ、その命を断つしかない。その判断を、知美さんは農家から求められることになります。愛するものの命を賭けた苦渋の決断ですね。さらに酪農農家の貧しさにも驚かされます。日々の過酷な仕事をこなして日本人の食生活を支える酪農農家、それがこれほどの貧しさを強いられているということは、政治・経済の仕組みに問題があると考えざるをえません。これは過疎の問題ともつながってきますね。
 そして最後に。パンフレットを購入して読んだところ、「努力すれば夢が叶う」というメッセージを受け取り感動したというコメントが多々ありました。ま、別にそれはそれでかまわないのですが、ちょっと気になることがあります。ということは、「夢が叶わなければ努力不足→自己責任」ということを意味してしまうのではないか。若者が夢を実現できるよう支えるシステムを、今の日本社会が無慈悲なまでに欠落させていることを見落してしまうのではないのか。一例を挙げれば、サラ金のように返済を求める有利子の奨学金制度。知美さんは、岩大に現役で合格しなければ夢を諦めて家業の酪農を手伝うとご両親に告げますが、手厚い奨学金制度があれば夢への間口ももっと広がるのではないでしょうか。朝日新聞の朝刊(2013.3.21)によると、教育格差をめぐって、「所得の多い家庭の子どものほうが、よりよい教育を受けられる傾向」を「やむをえない」と答えた人(52.8%)が、2008年調査の40.0%を大幅に上回り、「問題だ」と答えた人を逆転したそうです。教育格差を容認する保護者は、「当然だ」(6.3%)を合せると59.1%に達し、計3回の調査で初めて多数派となりました。ちょっと心胆が寒くなる動きですね。「所得の少ない家庭の子どもが、たいへんな努力で夢を実現した」というお話を手放しで称揚するだけでいいのでしょうか。

 清々しさとともに、いろいろと考えさせられる映画でした。お薦めです。
by sabasaba13 | 2014-04-13 06:13 | 映画 | Comments(0)
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