『はじめての憲法教室 -立憲主義の基本から考える』(水島朝穂 集英社新書)読了。安倍伍長と自民党がめざす憲法改正/改悪、その是非を問う前にやはり憲法とは何なのか知っておくべきだと思います。私の場合は、小室直樹氏の『痛快!憲法学』(集英社インターナショナル)によって蒙を啓かれました。私の憲法観を劇的に変えてくれた忘れ得ぬ一文、紹介します。
一人の犯罪者ができる悪事より、国家が行なう悪事のほうがずっとスケールが大きいのです。…憲法とは国民に向けて書かれたものではない。誰のために書かれたものかといえば、国家権力すべてを縛るために書かれたものです。司法、行政、立法…これらの権力に対する命令が、憲法には書かれている。国家権力というのは、恐ろしい力を持っている。警察だって軍隊だって動かすことができる。そんな怪物のようなものを縛るための、最強の鎖が憲法というわけです。"怪物を縛る鎖"、何とも言い得て妙ですね。さて本書は憲法学者の水島朝穂氏が、水島ゼミの学生との対話をからめながら、憲法とは何か、ここだけは変えてはならない一線とは何かを考察し、改憲議論の問題点を指摘するものです。憲法とは「国民みんなが守る大切な決まり」ではなく、「国民みんなで権力を制限する大切な決まり」と考える立場は、小室氏と同じです。よい政府、よい権力者は存在せず、信頼は常にその専制を生む。よって人びとの「疑いの眼差し」が権力を縛る鎖であり、その鎖を文章化したのが憲法である。これは銘肝すべき視点ですね、植木枝盛の"疑の一字を胸間に存し、全く政府を信じることなきのみ"という珠玉の言葉も教示していただきました。そして憲法改正に関する議論では、「無限界説」と「限界説」があるということも知りました。前者はどんな改正でもあり、後者は憲法の基本原理を損なうような改正は許されないという考えです。権力の暴走を抑制することが憲法の本質であると観点からすれば、一般的には後者が支持されています。憲法九条はこの改正限界に含まれているというのが著者の考えで、もし九条を改正してしまった場合には「無限界説」を採用したことになり、ヴァイマール憲法の覆轍を踏む恐れがあると指摘されています。 さて自民党の憲法案ですが、氏曰く"ツッコミどころ満載"、一言で言えば"権力者にやさしい憲法"、小室直樹氏風に言えば"怪物を縛る鎖をゆるめる"ものだと分析されています。あまり人口に膾炙されていない点を紹介しましょう。まず現行憲法では「両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない」と規定されています(第56条)。で、自民党案では「議事の開催」に関する文言を削り、議決時にだけ三分の一がいればいいようになっています。つまり議事の時に、国会議員がさぼれるようにしたいのですね。また、これは私も知っていたのですが、現行憲法にはたった一つ「絶対に」という文言が記されている条文があります。第36条「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」という条文ですね。小林多喜二をはじめ多くの方々が犠牲となった、特別高等警察による拷問や非人道的行為を繰り返させないためですね。ところが自民党案ではこの「絶対に」という文言を削ってあります。「ちょっとくらいならいいんじゃない」という気持ちなのでしょうか。 最後に、憲法改正のためには、三つの作法が必要だと述べられています。①憲法改正を発議する側に重い説明責任が課せられていること。②憲法改正のための情報が十分に提供され、かつ自由な討論が保障されること。③十分な熟慮の時間が確保されること。②と③について、『シリーズ憲法~第96条・国民的憲法合宿』(2005.3.30放映)というテレビ番組に関する興味深い挿話がありました。日ごろ、憲法とは縁もゆかりもない生活をしている老若男女六人が、護憲派の著者と改憲派の小林節氏による講義を受けた後、自分たちで討論をして憲法改正についての考えをまとめるという企画です。情報を十分に与えられ、時間をかけて議論をした結果、「改憲案をよく吟味するまでは結論を保留するとともに、国民ひとりひとりが自分の意見を持つことを期待する」という意見に一致したそうです。なるほど、情報と時間さえあれば知性が起動するわけだ。逆に言うと、権力者側からすればそういう厄介な事態を避けるために、十分な情報と時間を国民に与えず、「早く改革をしないと大変だぞ」と煽っているのでしょう。 憲法に関する良質の情報満載の好著、お薦めです。あとは本書を読んでじっくり考えてみませんか。なお内田樹氏の『街場の憂国論』(晶文社)も併読されると、自民党の憲法案についてより理解が深まると思います。氏は、改憲の趣旨は「強い日本人にフリーハンドを与えよ」ということだと喝破されています。 私は、怪物を縛る鎖を緩める改憲だったら反対(よって自民党案には反対)、きつくする改憲だったら賛成です。日本や世界の状況を見ると、国家権力という怪物にグローバル企業も仲間入りしているようです。われわれを苦しめている問題の多くは、政治と企業の癒着、いわゆるコーポラティズムに起因していると思います。よって企業の暴走を食い止め、政治家・官僚との癒着を防ぐ規定を憲法にもりこんでもいいのではないかな。企業による政治献金の禁止とか、天下りの禁止とかね。
by sabasaba13
| 2014-07-22 06:37
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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