スタニスラフ・ブーニンとバリー・ダグラス

 雨のそぼ降る先日の日曜日、山ノ神とスタニスラフ・ブーニンとバリー・ダグラスのピアノ・コンサートを聴きにいってまいりました。会場はサントリー・ホール。まずは腹ごしらえにグリル「満点星」でメンチカツをいただきました。自称生涯一メンチカツファンの小生としては、メニューにあれば必ず注文します。グニュ 玉葱を入れすぎですね。星一徹だったら卓袱台を蹴飛ばすのは必至。(確認はしていないのですが、彼がこの行為をしたのは一回のみとの情報あり) 歯が折れて肉汁が飛び散らないとメンチカツではぬぅうわい! 日本橋「たいめいけん」二階のメンチカツレツが、今のところお気に入りの逸品です。
c0051620_2162757.jpg ホールに入ると、正面にサントリー社長故佐治敬三のプレートがありました。
彼に関しては忘れられない事件があります。1988年、竹下内閣による首都遷都を検討に対して、彼が「仙台に遷都したらええちゅうような、アホなことを考えてる人がおるそうです。東北は熊襲の産地。文化的程度も極めて低い。」と発言したのですね。「熊襲」とは古代の南九州に居住したとされる人々の称ですから、彼の文化的程度のお里が知れます。「蝦夷」と言うべきですね。東北びいきの私としては絶対に許せない発言です。大和政権の侵略にさらされ、近代以降は兵士と食糧の供給源として、内国植民地にされた東北の歴史を踏みにじった、知性の片鱗さえ窺えない暴言でもあります。以後、○ントリー製品は一滴も飲むまいと誓いをたて現在に至っています。といいながらこのホールは拒否できない中途半端さ… 汗顔ものです。なお同じ志をもつ方がいたので紹介します。同志よっ。

 さて本題。今晩のコンサートは、オール・モーツァルト・プログラムです。リスタ・サーヴィチ指揮、ドイツ室内管弦楽団。曲目は、ディヴィルティメントk.136、ピアノ協奏曲第25番k.503(B.ダグラス)、ピアノ協奏曲第23番k.488(S.ブーニン)、二台のピアノのための協奏曲k.365(ダグラス+ブーニン)。一曲目を聴いて、おっ、マタチッチと同じ旧ユーゴスラヴィア出身のこの指揮者はいいなと思いました。棒さばきや仕草を見ているだけで曲の構造がわかるような明晰な指揮、そして何より音楽の産湯をつかって生まれたような流麗かつリズミカルな体の動き。これは期待できそう。そしてPコンです。ダグラスはチャイコフスキー・コンクール優勝(1986)、ブーニンはショパン・コンクール優勝(1985)。「世界に冠たる2大コンクールの覇者 夢の競演!!」というのがうたい文句ですが、コーテーション・マーク二つは力みすぎ。気楽に音楽に没頭して楽しみましょう。はあああ、楽しめました。圧巻はk.488。魅惑的なメロディに満ち満ちた歯切れのよい、私が大好きな曲です。誰が弾いてもそれなりに名演になってしまう名曲だとおもいますが、今夜の演奏は素晴らしかった。特に第3楽章は、これ以外にはあり得ないという絶妙なテンポでブーニンとサーヴィチとオケが疾走。時には一体となり、時には掛け合い語り合い、丁々発止、思わず足がスイングしてしまうような演奏でした。分かりやすく例えると朝一番で空いている山形蔵王の大平コースのロング・ラン、苦し紛れに例えると、ボール・ルームを見事なクイック・ステップで踊りまわるカップル、マニアックに例えるとウィントン・ケリー+ポール・チェンバース+ジミー・コブのハーフ・ノートでのライブ演奏を彷彿とさせます。気持ちいいいいいい。曲の最後が近づくにつれて「終わるな、終わらないでくれ」と祈り、最後の一音が響き終わると「もう一度聴きたい」と叶わぬ願いを抱きました。
 他の二曲ももちろんお見事な演奏。虹のようなフレーズの連なりという点でブーニンがやや勝っていたと思いますが、ダグラスの演奏にも大きな瑕疵はありませぬ。アインシュタインが「死とは、モーツァルトを聴けなくなることだ。」と言ったそうですが、同感。絶対に死にたくない。
 一つ、ただ一つ難を言えばサーカスのちらしのようなポスターの野暮ったさ。峰龍太郎とオヤジが三日三晩寝ながら考えて作った「ライジング・スター・オーケストラ」のポスターと丙丁つけがたい。(「のだめカンタービレ」第七巻 p.160)c0051620_216523.jpg
by sabasaba13 | 2005-07-10 06:56 | 音楽 | Comments(0)
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