『栄光なき天才たち』

 円谷幸吉を描いた作品がもう一つあります。森田信吾による『栄光なき天才たち』(集英社文庫)というマンガです。その第三巻、タイトルは「アベベそして円谷」。家族のために走り続けるアベベ・ビキラの不屈と、婚約者と師を奪われた円谷の悲劇を対比させた好編です。絵自体はそれほど上手いわけでも、斬新なわけでもありませんが、充実した内容を実直に伝えてくれる手堅いもので好感が持てます。
 基本的な視点は、「長距離ランナーの遺書」とほぼ変わりませんが、1960年代という時代背景をより強調している点が鋭いと思います。例えば日本陸上競技連盟のある方がこう言っています。
 オリンピックは国家事業だ! 我々はその責任を負っている 敗戦後十数年… 我々はここまで復興して来た! だが ここに来て安保騒動や何やらで国民は右往左往し始めておる! ここらで一つパアーッと国民の士気を高め一枚岩にまとまるような夢が必要なのだよ!
 なるほど、これはいかにもありそうですね。2020年の東京オリンピック誘致を主導した方々も、「原発事故や大震災で右往左往している国民の士気を高め一枚岩にまとめる夢が必要」などと議論していたのかもしれません。

 円谷が婚約者に出した手紙の一節です。
 何よりも 自分が情無いと思うのは 校長が 自分を陸上と関係ない人たちの前に引き出し その人たちに頭を下げさせる事です…
 体育学校の校長は、破談を求めて婚約者にこう詰め寄ります。
 幸吉くんは 今や自衛隊の…いや日本の宝ですぞ 身勝手な行動など許されるはずも無いのですよ!
 国家事業のためには、自衛隊の利益のためには、個人の尊厳や意思など弊履の如く踏みにじってもかまわない、ということでしょう。
 そして婚約の破談を告げられて苦悩する円谷の姿を背景に、筆者はこう語ります。併記されている年表も興味深いですね。
 日本の高度経済成長が爛熟期を迎えたこの時期 その繁栄と引きかえに 列島のあちこちにため込まれた膿が一斉にふき出していた
 やがて起こるであろう大きな変化を 肌で感じつつも 日本人たちは他に生きる道を見いだせないまま 時代の暴走に身をまかせた

1965年2月  米軍 北ベトナムへ爆撃開始 ベトナム戦争泥沼化
1966年   水俣病 光化学スモッグなど 公害病が社会問題化する
   5月  米原潜スヌーク号の横須賀入港に対し革新団体が激しい阻止行動を開始
       ベトナム反戦運動激化
1967年10月 全米にベトナム反戦の波 ワシントン7万人集会
同10月 第一次羽田闘争 機動隊と学生が流血の衝突 以後 全学連は本格的な街頭学園闘争を展開
 なお円谷幸吉が命を断ったのは1968(昭和43)年1月9日です。そうか、彼は1968年に亡くなったんだ… この1968年前後には、世界でも、日本においても、大きな激動が起きています。例えば、『転移する時代 世界システムの軌道 1945-2025』(藤原書店)の中で、イマニュエル・ウォーラーステインは、世界革命とさえ表現しています。
 世界福祉の後退、とりわけ世界福祉が向上するという信念の後退は、国家の凝集力に重大な打撃を与える。そうした打撃にとどまらず、既成の反システム運動に対する信頼の大幅な後退、ひいては合理的改革主義の実効性に対する信頼の崩壊という、深刻な結果につながる。それは単なる循環的浮沈ではなく、それ以上の意味を持つ。われわれの見たところでは、1968年を頂点に1989年まで続いた世界革命は、集団としての社会心理を不可逆的に変容させてゆくプロセスであった。この革命は近代化の夢との訣別を決定的にした。すなわち、人間の解放と平等を求める近代の目標追及を終わらせたのではなく、資本主義世界経済を構成する国家がそうした目標の達成に向かって着実に前進することを容易にし、保証する手段であるとは、もはや見なされなくなったということなのである。
 前掲した年表と附合させれば、経済成長とアメリカ的自由という"夢"との訣別ということでしょうか。世界的な規模での若者の叛乱は、そうした偽善的は"夢"への反発・反感から炸裂したのかもしれません。一方日本においても、同様の若者による叛乱が起こっています。これに関しては、小熊英二が『1968年』(新曜社)において鋭く分析されています。あの叛乱は、高度経済成長の持つ毒性―アイデンティティの不安・未来への閉塞感・生の実感の欠落・リアリティの希薄さなど―に対する集団摩擦現象であり表現行為であった、と。
 うーむ、これに「集団や組織による個人の緊縛」という一項をつけくわえると、彼を死に追いこんだものが見えてくるような気がします。
by sabasaba13 | 2014-10-30 06:28 | | Comments(0)
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